SSブログ

-ウスキへの道-9.カワセの村 [アスカケ第2部九重連山]

9.カワセの村
エンは、村の入り口から、緩やかな坂道を登り、村の大門に着いた。
大きな村だが、余り人が歩いていない、幼子が数人、一軒の家の下で蹲っている。
「もう日暮れだというのに、大人たちは、まだ仕事をしているのか?」
エンは蹲っている幼子に声をかけた。
「村のおさ様はどちらかな?」
声をかけられた幼子の一人が、ゆっくり指さした。エンはその子の頭を撫でながら、礼を言おうとして驚いた。その幼子の目がすっかり精気を失っているのだ。どこか宙を見て、定まらぬ視線のまま、よく見ると、頬は虚仮てしまっていた。
エンは、村の周囲をよく観察した。静か過ぎる。まるで村自体が死んでいるかのように、ひっそりとしているのだった。エンは、すぐに大門を出て、カズの待つ場所に戻った。
「カズ、ここが本当にカワセなのか?」
エンの驚愕した表情に、カズのほうが驚いた。
「はい、確かにここがカワセです。」
「それなら、この村では何か起きたんだ。・・静まり返って・・・とにかく、そいつを持って村に行くぞ。」
二人は、鹿を担いで村に入った。カズも村の様子を見て驚いた。
エンは先ほどの幼子に教わった館の前で声をかけた。
「おさ様はおいででしょうか?」
しばらくして、戸が開き、弱弱しい声で返事があった。さらにしばらくして、長老と思しき人物が現れた。
二人はひざまずき、エンが挨拶をした。
「私は、ナレの村のエンと申します。こちらはユイの村のカズでございます。」
「ナレの村とユイの村?・・二つの村の若者が何の用じゃな?」
「はい、・・私はアスカケの旅の途中です。立ち寄ったユイの村で、病で苦しむ村人を見て、何か助けになればと相談し、このカズと、塩を分けていただきたく参りました。」
「そうか・・ユイの村で病か・・困った事じゃな・・・じゃが、この村に、今、塩は無いのじゃ。いや、この村には何もないのじゃ。」
「いったい、どういうことですか。」
「・・昨年の秋、大雨に遭って、作物が何一つ取れなかった・・蓄えてきたもので冬を凌いだ来てが、いよいよ底を着いたのじゃ。」
エンとカズは顔を見合わせた。ユイの村も、病で大変な状態にあるが、カワセの村のほうが一層深刻であった。エンは、すぐさま言った。
「おさ様、我らは、先ほど峠で狩りをして、大鹿を取ってまいりました。・・塩を分けていただくためのものですが・・よろしければ、この鹿をお使いください。・・せめて、幼子たちに食わせてやっていただけませぬか?」
カズは驚いた。この鹿を渡すとなれば、ユイの村の塩を手に入れることが出来なくなる。
「エン様・・でも、この鹿は・・」
「いいのだ、カズ。・・この鹿はきっとカワセの村の様子を知っていたのだ。だから、われらの前に姿を現し、命を投げ出してくれたのだ。」
カズにエンはそう言って納得させようとした。
長老は、二人のやり取りを聞き、如何に大事なものかを理解した。そして、こう言った。
「・・・それは・・いただけません。・・見事な大鹿、これなら、きっとユイの村をすくうだけの塩は手に入るでしょう。これをもって、もう一つ隣のモシオの村へ行かれるが良い。」
「いえ、良いんです。この村に入ってすぐ、幼子たちを見ました。皆、死んだような眼をしておりました。このまま、通り過ぎるわけには行きません。なあに、大丈夫です。獲物はまた取ればいいんです。弓の腕には自信があります。是非、この鹿を、村の皆に食べさせてやってください。」
「いや・・しかし・・」
「それならば、道案内できる方をお貸しください。・・その・・モシオの村まで。途中、狩りをして獲物を獲ます。できれば、力自慢の男手が良いのですが・・・・。」
「判りました。まだ、ミコトではありませんが・・ちょうど良い若者がおります。」
「良かった。それなら,これを。」
長老は、エンと数に礼をいい、村人を呼び、鹿を運ばせた。
すぐに鹿は解体され、一部は干し肉に、一部は、すぐに焼いて、村人たちに分けられた。無心に鹿肉にむしゃぶりつく幼子たちの顔には、嬉しさが溢れていた。
エンとカズも、焼いた肉を分けてもらい、頬ばった。しばらくすると、長老に連れられて、青年がやってきた。
「エン様、この男が案内役をします。名は、リキと申します。モシオの村までは何度も行っておりますから、大丈夫です。」
リキと紹介された青年は、エンよりも遥かに大きく、腕もエンより一回り太かった。ひげ面で長い髪を頭の天辺でひとつにまとめているので、更に背が高く見えた。
「それから・・モシオに行く時、この荷車をお持ち下さい。」
「おお、これなら、たくさん運んで来れる。・・よし、カワセの分も一緒に運んでこよう。」
夜には、館に寝床を設えてもらい、早々に休む事にした。
翌朝早くに、エンはリキと出発の準備をしていた。
「カズ、お前はユイの村へ戻り、塩の到着は今しばらく掛かると伝えてくれ。・・」
「私もともにモシオに行きます。」
「いや、リキがいれば塩を運ぶ事はできる。それよりも、このカワセの様子をカケルに知らせて欲しい。あいつなら、カワセへも足を運び、何かの手立てをするはずだ。頼む。お前にしかできぬ仕事だ。さあ、行くんだ。」
エンはそう言って、カズをユイの村へ向わせた。
「よし、リキ、俺たちも行こう。」
カワセからモシオまでは、塩を運ぶためにしっかりとした道が出来ていた。途中までは長い山道を登っていく。峠をひとつ越えたら、海が見えた。
「ここからは、下りだ。後は川沿いに行けば、モシオまではすぐだ。」
荷車を引きながら、リキが言った。
「ここで、一休みしよう。塩を引き換えにする獲物を捕らえねばならないし・・。」
「そうだな・・それなら、猪がいい・・モシオの者は、猪が大好物だ。・・下ったところに良い猟場があるって聞いたんだ。」
リキの目が輝いた。
「前にも、そこで獲れたのか?」
「・・大物は取り逃がしたらしいけど・・そこそこの奴は、いつでも出てくるらしい。」
「猪か・・・少し厄介だな・・・。」
竹筒に入った水を飲みながら、エンは考えた。
峠道2.jpg
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0