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-ウスキへの道‐13.赤熊 [アスカケ第2部九重連山]

13.赤熊
翌朝、日が上る前に、カケルはカワセの村に向かった。道のりは、カズから教えてもらい、とにかく一刻も早くカワセに行かねばと、風のように走り続けた。
二つ目の峠を越えた時、川沿いに広がるカワセの村が見えた。「もう少しだ」カケルはさらに早く峠道を下った。昼前には、カワセの村に着いていた。
カケルは、村に入ると、カズに聞いた話以上に、村人の厳しい様子に心を痛めた。
長老のいる館を尋ね、すぐに挨拶に向った。
「長老様、ナレの村のカケルと申します。おいでですか?」
館の中から現れた長老は、動く事さえ辛そうにゆっくりと表に出てきた。
「・・カケル様・・よくおいでくださいました。・・エン様より話は伺っております。どうか、我等の村をお救い下さい。」
長老は、館の板の間に座り込むと、懇願するようにそう言った。
「やめてください。私はまだそれ程の力はもっておりません。どんなお役に立てるのか判りませんが、できることは何でもやりましょう。」
カケルはそう言って、長老に礼をして村の様子を見て回った。
流行り病こそ無いけれど、食料が尽きた村では、老人や大人たちは皆、細く痩せこけ、動く気力すらない様子だった。ミコト達の姿はほとんど見当たらない。
カケルは、一軒の家の前で三つくらいの幼子を抱いた母がじっと表に座っているのを見つけた。
「すみません・・教えていただきたいのですが?」
その母親は、ぼんやりとした表情で、カケルを見た。
「ナレの村のカケルと申します。アスカケの途中、この村に立ち寄りました。先ほど、長老様にもご挨拶し、何とか、この村のお力になれないかと思っております。」
突然現れた若者に、その女性は戸惑いながらも挨拶をした。
「お教え下さい。・・ミコト様たちの姿が見えませぬが、どうされたのですか?。」
その女性は少し答えるのを躊躇いながら、ポツリと言った。
「他の村へ行きました。」
「この村を捨てたというのですか?」
女性は、カケルの問いに、思い余ったかのように答えた。
「大雨の後、この村は洪水になりました。・・幾人も命を落とし、田畑もすっかり流されてしまいました。途方にくれていた頃でした。・・ヒムカの国から一人の男がやってきました。・・兵になれば食い物には困らない、皆、崇めてくれるし、この村より良い暮らしができると言い回ったのです。若い男たちは皆、その男について行きました。妻や子どものいるミコトの中にも、食い扶持を稼いでくると言ったきり、もどってきません。」
「何という事だ・・・・。」
「これまで、蓄えた米や野草で食いつないでまいりました。でも、それももう底を付いております。・・・この子だけでも何か食べさせてやりたい・・・そう、願うばかりです。」
カケルは、とにかく食べ物を調達する事が一番だと考えた。しかし、ユイの村も食べ物が豊富にあるわけでは無い。カワセの村の周りには、豊かな森があるわけでも無い。やはり、狩りをするか、魚を獲るしかなかった。

「狩りをするにはどこが良いでしょう。」
カケルは長老の館に戻り、長老に尋ねた。
「ここからなら、東の峠あたりが良いでしょう。昔は、皆でよく行ったものです。ですが、気をつけなされ。峠辺りには、赤熊が出ることがある。・・エン様たちもモシオに向われたが・・リキはそのことを知らぬはずじゃ。」
「判りました。すぐに向いましょう。」
カケルはすぐに、東の峠に向った。カケルは幼い頃から野山を駆け回って過ごしていた。そのためか、誰よりも大きな体になった今も、跳躍力や走る速さは人並みはずれていた。エンやリキが半日以上かかって辿り着いた峠まで、半分以上の短い時間で到達した。

エンとリキは、カワセの村を出発して、夕刻前には峠に達していたが、獲物が獲れず、その日はそこで野宿をした。次の日も、リキの案内で、川沿いを登ったり、細い谷を分け入ったりしたが、成果は無く、ついには、峠道あたりまで戻ってきていた。
「リキ、もっと良い場所はないのか?このままでは、モシオに行く事ができぬ。」
リキは、必死で狩りをする場所を探し、案内したが、結局のところ、満足に役に立てず、ほとんど泣き顔になって、荷車を引いていた。エンも落胆の様子を隠せないでいた。
エンとリキは、ついに峠道に座り込んだ。この先、どうすればよいのか途方にくれていた。
その時だった。森の中から、鳥が数羽、ばさばさと羽音を響かせ、何かから逃げるように飛び立った。その後、森の奥から、枝がバキバキと折れる音が響いてきた。
エンは、獣の気配を感じ、リキに目配せをして、頭を下げさせて、脇の草むらに隠れた。エンはじっと眼を閉じ、獣の気配を感じ取ろうとした。
<猪か?鹿か?・・・一体何だ?>
しばらく、音が止んだ。
<逃げられたか?>
エンは、そっと草むらから顔を出し、辺りの様子を探った。見える範囲には獣は居なかった。
「くそ、取り逃がしたか。」
エンの声に、リキも恐る恐る顔を出した。
「一体なんでしょう?」
「ふむ・・猪なら、すぐに気配が消える事は無いし、鹿ならば、枝を折るほどの力も無いはずだ。・・とにかく、今は気配を感じない。遠くに逃げてしまったようだ。」
二人は、草むらから立ち上がり、荷車の置いてきた峠道へ戻ろうとした時だった。
目の前に、見たことも無いほど大きな獣が立っていた。峠道を挟んで、反対側の森に、楠木にもたれかかるかかるように立ち上がっていた。
「く・・く・・熊だ!」
リキが思わず叫んだ。その声に、獣は二人に気付き、二人のほうを向いた。荒い息を吐き、二人の様子をじっと見ている。リキはその威容に腰を抜かしてしまった。エンも、初めて眼にする大熊に、驚き、その場から動けなくなっていた。
大熊は、楠木にかけた前足を地面に着いて、四足になり、まっすぐ二人のほうへ姿勢を変えた。二人の様子を探るように、その場にじっとしてぐるぐると喉の置くから威圧のある声を発した。
エンははっと我に還り、背負っていた弓矢を手にして、とっさに熊に向って構えた。エンは、大熊が、じりじりと近づいてくるように感じた。
エンは、身の危険を感じ、弓を引き絞り、大熊めがけて矢を放った。ヒュンと風を切って矢が飛んでいく。矢は、大熊の肩口あたりに突き刺さった。熊は肩に刺さった矢の激しい痛みに逆上し、立ち上がり、大声で吼え、まっすぐ、園たちの居るほうへ駆け寄ってきた。
エンとカケルは必死で逃げようとした。しかし、森は鬱蒼と茂り、行く手を阻む。熊はどんどんと二人に近づき、もう手の届くほど近くまで迫ってきた。

ツキノワグマ.jpg
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