-ウスキへの道-14,葦の原 [アスカケ第2部九重連山]
14.葦の原
カケルは、峠まで来ると、狩りをするために森へ分け入った。静まり返った森は、高い杉林が深くまで続いていた。木々の隙間から見える森の中には、獣の気配など感じられなかった。
誰かが叫ぶ声が森の中に響いた。悲鳴にも似た声から、誰かが命の危険に曝されているのをとっさに感じ取った。カケルは急いで声のする方角へ走った。目の前に、背中が赤い毛に覆われた大熊が、後ろ足で立ち、威嚇する様子が見えた。その向うに、腰を抜かし座り込んでいるエン達を見つけた。
「いかん・・・」
カケルは、剣の柄に手を掛けた。すると、剣から強い波動が発し、掴んだ腕を伝わって、カケルの心臓に伝わった。どくんどくんと心臓が打つ。すると、両腕がいきなりしびれたような感覚を覚え、見ると、普段より一回り太く逞しくなっていた。
カケルの腕は自分の意思とは関係なく、剣の柄を強く握り、鞘から抜いた。
そして、天に振りかざすと、高く高く跳躍し、大熊と二人の間に分け入った。
突然現れた人間に一瞬、大熊が怯んだ。カケルは、「許せ!」と叫ぶと、剣を振り下ろした。切っ先は、大熊の首を捉え、スパッと胴体から切り離した。大熊はその場に倒れた。
「エン、大丈夫か・・」
「カケル?カケルか?」
エンとリキは、余りの恐怖で、腰が抜け、その場に蹲ったままだった。
「無事で良かった。・・」
カケルは、倒れた大熊に近づき、息の根がとまっている事を確認した。
「すまない・・本当にすまない・・許してくれ。」
カケルは、その熊に向って呟くように言ってから、体を撫でてやった。
「長老から、峠道のあたりで狩りをするのが良いと聞いてやってきたんだ。・・」
「そうか・・助かった・・お前が来てくれなかったらとっくに命を落としていた。こいつはきっと人食い熊に違いないな・・」
カケルは、その言葉を聞いて、険しい表情でエンを睨んだ。そして、
「エン、お前は・・・試しの儀式の時の話を忘れたのか!」
エンは、カケルの表情に驚いた。
「エン、獣が目の前に現れたらどうするのだった?」
そう言われて、はたと気がついた。
そうだ、むやみに弓を引いてはならぬと教えられた。獣はむやみに人を襲う事は無い、傷つき、正気を失った時に獣は自らを守るために襲うのだと訊かされていた。
「そうか・・俺が弓を引かなければ・・逆上して、襲ってくることも無かったんだ・・・すまない事をした。忘れていた、すまない、カケル。・・だが・・獲物を獲らねば・・。」
「ああ、判っている。だからこそ、弓を引く時は、その命を奪う覚悟が必要なのだ。むやみに獣を傷つけず、安らかに逝かせてやれるようにしなくちゃいけない。」
エンは、カケルの言葉に頷いた。
カケルはエンの傍らに居る青年に視線をやった。
「ああ・・こいつがリキだ。・・力自慢だそうだ。・・こっちはカケル。」
リキはカケルに頭を下げた。
「エン様から、話は聞いています。剣を作られたとか、弓の腕はエン様のほうが上だとか・・。」
エンとカケルは顔を見合わせて笑った。
「これから、どうする?」
エンがカケルに訊いた。
「・・とにかく、今、カワセの村も食べ物が無い。・・可哀想だが、この熊はカワセに持って行こう。これで当分の間、困らないだろう。リキ、運んでくれるか?」
「はい・・良いですけど・・モシオへはどうします?」
「ここまでくれば、モシオまでの道のりは判るだろう。とにかく、今は、カワセの村のほうが大事だ。俺とエンとで、モシオに向う。途中でなにか獲物を獲っていこう。」
話が決まると、リキは引いていた荷車に熊を乗せ、峠道をカワセの村に向かって下っていった。カケルとエンは、反対側へ降りていく。
「カケル!この先、俺とリキとで獲物を獲ようとあちこち探したが、いい場所は無かった。別の方法を考えないと・・・」
「そうか・・しかし、殺生するのは・・・・何かよい方法は無いかな。」
二人は思案しながら、山道を下り、川幅のある緩やかな流れのあるところに出た。ナレの村では見たこともない大きな川だった。
「少し休もう。」
エンはそう言って河原に出て、水を飲んだ。
カケルは、清らかでゆったりと流れていく川面を見つめた。
「おや?」
川岸に生えている葦の原の中に、何か潜んでいるのに気づいた。カケルは、じっとその様子を探った。獣ではなさそうだったが、じっと息を殺して潜んでいるのは確かだった。カケルは、エンに手で静かにして置くように合図して、そっと、葦の原に近づいた。その行方をエンもじっと見つめていた。
葦の陰に、白い衣服と長い黒髪が見えた。
「どうしたのだ?」
そう声を掛けると、その人影は、びくっと体を縮め、さらに葦の原の奥へ隠れようとした。
「大丈夫だ・・何もしない・・怖がらなくていい・・俺はカケル、カワセの村の使いで来たのだ。さあ、出ておいで。」
その言葉に、人影は止まった。そして、ゆっくりと振り返った。若い娘のようだった。
葦の原から少し出かけた時、その娘は、カケルの腰に剣が結んであるのを見つけ、急に震えだした。その様子をカケルも気づき、剣を降ろしてから話しかけた。
「・・どうした?・・一体、何があったのだ?我らはこれからモシオに向うのだが・・」
娘は、顔を伏せたまま、か細い声で何か言った。よく聞き取れなかった。
「何だって・・よく聞き取れない・・」
そう言って、カケルが近づくと、娘は、その場に倒れこんでしまった。
おとなしくしていたエンもその様子を見て驚いて駆け寄ってきた。
「一体、どうしたんだ?」
「判らぬ・・何か呟いたのだが・・」
「とにかく、どこかで休ませよう。」
二人は、芦原を刈り、横になれるように敷き詰め、そっと娘を寝かせた。
「きっと、モシオの村の娘だろうな?」
エンは川岸で水を汲みながら言った。
「ああ・・たぶんそうだろう。・・だが、ここで何をしていたのか・・何かを恐れて、隠れていたようだったが・・。モシオの村で何か起きたのだろうか?」
エンが村の方角を見ると、煙が立ち上っているのが見えた。
カケルは、峠まで来ると、狩りをするために森へ分け入った。静まり返った森は、高い杉林が深くまで続いていた。木々の隙間から見える森の中には、獣の気配など感じられなかった。
誰かが叫ぶ声が森の中に響いた。悲鳴にも似た声から、誰かが命の危険に曝されているのをとっさに感じ取った。カケルは急いで声のする方角へ走った。目の前に、背中が赤い毛に覆われた大熊が、後ろ足で立ち、威嚇する様子が見えた。その向うに、腰を抜かし座り込んでいるエン達を見つけた。
「いかん・・・」
カケルは、剣の柄に手を掛けた。すると、剣から強い波動が発し、掴んだ腕を伝わって、カケルの心臓に伝わった。どくんどくんと心臓が打つ。すると、両腕がいきなりしびれたような感覚を覚え、見ると、普段より一回り太く逞しくなっていた。
カケルの腕は自分の意思とは関係なく、剣の柄を強く握り、鞘から抜いた。
そして、天に振りかざすと、高く高く跳躍し、大熊と二人の間に分け入った。
突然現れた人間に一瞬、大熊が怯んだ。カケルは、「許せ!」と叫ぶと、剣を振り下ろした。切っ先は、大熊の首を捉え、スパッと胴体から切り離した。大熊はその場に倒れた。
「エン、大丈夫か・・」
「カケル?カケルか?」
エンとリキは、余りの恐怖で、腰が抜け、その場に蹲ったままだった。
「無事で良かった。・・」
カケルは、倒れた大熊に近づき、息の根がとまっている事を確認した。
「すまない・・本当にすまない・・許してくれ。」
カケルは、その熊に向って呟くように言ってから、体を撫でてやった。
「長老から、峠道のあたりで狩りをするのが良いと聞いてやってきたんだ。・・」
「そうか・・助かった・・お前が来てくれなかったらとっくに命を落としていた。こいつはきっと人食い熊に違いないな・・」
カケルは、その言葉を聞いて、険しい表情でエンを睨んだ。そして、
「エン、お前は・・・試しの儀式の時の話を忘れたのか!」
エンは、カケルの表情に驚いた。
「エン、獣が目の前に現れたらどうするのだった?」
そう言われて、はたと気がついた。
そうだ、むやみに弓を引いてはならぬと教えられた。獣はむやみに人を襲う事は無い、傷つき、正気を失った時に獣は自らを守るために襲うのだと訊かされていた。
「そうか・・俺が弓を引かなければ・・逆上して、襲ってくることも無かったんだ・・・すまない事をした。忘れていた、すまない、カケル。・・だが・・獲物を獲らねば・・。」
「ああ、判っている。だからこそ、弓を引く時は、その命を奪う覚悟が必要なのだ。むやみに獣を傷つけず、安らかに逝かせてやれるようにしなくちゃいけない。」
エンは、カケルの言葉に頷いた。
カケルはエンの傍らに居る青年に視線をやった。
「ああ・・こいつがリキだ。・・力自慢だそうだ。・・こっちはカケル。」
リキはカケルに頭を下げた。
「エン様から、話は聞いています。剣を作られたとか、弓の腕はエン様のほうが上だとか・・。」
エンとカケルは顔を見合わせて笑った。
「これから、どうする?」
エンがカケルに訊いた。
「・・とにかく、今、カワセの村も食べ物が無い。・・可哀想だが、この熊はカワセに持って行こう。これで当分の間、困らないだろう。リキ、運んでくれるか?」
「はい・・良いですけど・・モシオへはどうします?」
「ここまでくれば、モシオまでの道のりは判るだろう。とにかく、今は、カワセの村のほうが大事だ。俺とエンとで、モシオに向う。途中でなにか獲物を獲っていこう。」
話が決まると、リキは引いていた荷車に熊を乗せ、峠道をカワセの村に向かって下っていった。カケルとエンは、反対側へ降りていく。
「カケル!この先、俺とリキとで獲物を獲ようとあちこち探したが、いい場所は無かった。別の方法を考えないと・・・」
「そうか・・しかし、殺生するのは・・・・何かよい方法は無いかな。」
二人は思案しながら、山道を下り、川幅のある緩やかな流れのあるところに出た。ナレの村では見たこともない大きな川だった。
「少し休もう。」
エンはそう言って河原に出て、水を飲んだ。
カケルは、清らかでゆったりと流れていく川面を見つめた。
「おや?」
川岸に生えている葦の原の中に、何か潜んでいるのに気づいた。カケルは、じっとその様子を探った。獣ではなさそうだったが、じっと息を殺して潜んでいるのは確かだった。カケルは、エンに手で静かにして置くように合図して、そっと、葦の原に近づいた。その行方をエンもじっと見つめていた。
葦の陰に、白い衣服と長い黒髪が見えた。
「どうしたのだ?」
そう声を掛けると、その人影は、びくっと体を縮め、さらに葦の原の奥へ隠れようとした。
「大丈夫だ・・何もしない・・怖がらなくていい・・俺はカケル、カワセの村の使いで来たのだ。さあ、出ておいで。」
その言葉に、人影は止まった。そして、ゆっくりと振り返った。若い娘のようだった。
葦の原から少し出かけた時、その娘は、カケルの腰に剣が結んであるのを見つけ、急に震えだした。その様子をカケルも気づき、剣を降ろしてから話しかけた。
「・・どうした?・・一体、何があったのだ?我らはこれからモシオに向うのだが・・」
娘は、顔を伏せたまま、か細い声で何か言った。よく聞き取れなかった。
「何だって・・よく聞き取れない・・」
そう言って、カケルが近づくと、娘は、その場に倒れこんでしまった。
おとなしくしていたエンもその様子を見て驚いて駆け寄ってきた。
「一体、どうしたんだ?」
「判らぬ・・何か呟いたのだが・・」
「とにかく、どこかで休ませよう。」
二人は、芦原を刈り、横になれるように敷き詰め、そっと娘を寝かせた。
「きっと、モシオの村の娘だろうな?」
エンは川岸で水を汲みながら言った。
「ああ・・たぶんそうだろう。・・だが、ここで何をしていたのか・・何かを恐れて、隠れていたようだったが・・。モシオの村で何か起きたのだろうか?」
エンが村の方角を見ると、煙が立ち上っているのが見えた。
タグ:葦の原
2011-04-17 19:18
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