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-ウスキへの道‐17.春の海 [アスカケ第2部九重連山]

17.春の海
もう日が暮れた。一旦、カケルとエンは館で休む事になった。兵としてやってきた男達のうち、カワセとユイのミコト達は、カケルたちとともに館に入った。
「エン、頼みがある。俺は、しばらくこの村に残る事にする。まだ、この後も、きっとヒムカから兵が来るだろう。しばらく留まり、この村を守る。お前は、ミコト様たちをつれて、カワセとユイの村に戻ってくれぬか?」
「ああ、良いだろう。だが・・イツキはどうする?」
「・・ユイの村の病を治すには、しばらく時が掛かるだろう。・・そうだ・・ひと月程で戻ると伝えてくれ。ウスキの村へはその後向おう。どうだ?」
「ああ、そうしよう。・・カケル、必ずだぞ。」
「ああ。約束だ。」
翌朝、エンとミコト達は、塩を背負い、山道をカワセとユイの村を目指して戻っていった。
カケルは、エン達を見送った後、長老と姫であるクレの案内で村の中を一回りした。
モシオの村は、海の傍にあり、塩だけでなく海産物が豊富に取れる。近隣の村からは、塩や海産物を求めて、多くの物が持ち込まれる。その交換で村は豊かだった。モシオの長は、この豊かな村にあっても、蓄財しようという考えなど無く、貧しい村には交換すべき物がなくても分け与えることにしていた。中には、人を出して、その働きと引き換えに塩や海産物を手に入れる近隣の村もあった。
カケルはクレの案内で、塩作りの小屋に来た。浜から海水を運び、火にかけて煮詰めたものを柄杓で汲み、浜辺で取ってきた海草に掛ける。そして、重くなった海草を浜辺に広げる。日の光で乾燥すると、表面に塩の結晶が出来る。それを運び入れ、樽の上で払い集める。むっとする様な熱気の小屋の中で、みな黙々と働いている。
「ここに集まる人は皆、自分の村のためにと、本当に熱心に働いています。塩作りは特に厳しい仕事ですが、文句ひとつ言わず、働いてくれます。ありがたい事です。」
「塩は、本当にここにいる人々の命と汗の結晶なのですね。」
働く人の中に、まだ10歳にもならぬ小さな女の子が働いているのに気がついた。
「あの子は?」
カケルは、指差してクレに尋ねた。
「ああ・・あの子は、まだもっと小さい頃、浜辺に流れ着いた舟に一人、乗っていたのです。」
「名は?」
「自分から、アスカと名乗りました。小さかったのですがしっかりしていて・・どうやら沖で舟が嵐にやられて沈んだのではないかと・・・」
「それからずっとここに?」
「最初は、館にいたのですが、食べるものくらいは自分で働いて手に入れたいと言って、この小屋でずっと働いているのです。」
その少女は、まっすぐにカケルを見た。突き刺さるような視線を感じて、カケルも眼を合わせたが、少女はぷいと横を向いて、籠一杯の海草を抱え、小屋の戸を開けて、出て行った。
カケルとクレも、後を追う様に小屋を出た。
目の前には、穏やかな春の海が広がっていた。カケルは、生まれて初めて、海を見た。
朝日を浴びてきらきらと輝く水面、遠くに海鳥が舞い、波の音だけが静かに響いていた。
「これが・・う・・み・・ですか?」
「カケル様は、海は初めてですか?」
「ええ・・ナレの村は高千穂の峰の懐、山深いところにあります。アスカケから戻ったミコト様たちから海の話は聞いていましたが・・・これほど美しいものだとは・・・。」
カケルは、砂浜を踏みしめながら、ゆっくりと水際まで進んだ。絶えることなく打ち寄せる波、穏やかな風は嗅いだことの無い香りがした。カケルは、遠く水平線を見つめるクレの様子が、どこと無く寂しそうで、誰かを待っているように感じられた。
遠くから、誰かが呼ぶ声がする。徐々にその声が近づいてくる。
「クレ様―――。クレ様―――。」
波間から、小さな船が一艘、近づいてきた。
「あれは、漁師のコジリ。村一番の漁師、きっと今日も大漁なのでしょう。」
波打ち際まで来ると、コジリは舟から飛び降りて、縄を掴んで浜辺に引き上げた。
「クレ様、今日もほれこんなに獲れました。皆、満足できるでしょう。」
真っ黒に日焼けした笑顔の先には、舟一杯に、色とりどりのたくさんの魚が入っていた。
「カケル様、昨日は本当にありがとうございました。しばらく、安心して漁に出れます。今日は、この魚を腹いっぱい食べてください。」
船が着いたのを村の子供たちが見つけて、駆け寄ってきた。そして、わいわい言いながら、舟から魚を掴み出しては、籠に入れ村に運んで行った。
「そうだ、クレ様の大好物も獲れましたよ!」
コジリはそう言って小さな壷を差し出した。カケルは不思議に思って、壷の中を覗こうとした。
「あ・・やめたほうが・・」
クレがそういうより早く、壷の中から真っ黒なものが飛び出して、カケルの顔に飛んだ。
「これは、蛸だよ。クレ様は、何だかこいつが好物らしくてね。」
壷の中から取り出した蛸というものは、ぬるぬるとして不気味な生き物だった。どこが頭なのかわからない、手も足もよく判らない。
「こいつを水洗いして、はらわたを取り出して、棒に刺して干しておくと、なかなかいい味になるんだよ。ですよね、クレ様?」
「もう・・知らない・・」
カケルの表情から、蛸を食べるクレを想像して、少し気味悪がっているのを感じたクレは、恥ずかしそうに返事をした。
「ここは食べるものも豊富で、穏やかで、良い村ですね・・・。」
「本当に、この海のおかげです。豊かな暮らしはこの海があるからこそ・・いつまでもこの村が豊かで穏やかであって欲しい・・そう思います。」
カケルは、昨日のヒムカの兵の話を思い出していた。これだけ豊かな村があるのだ。またいつかヒムカの兵がここへ来て、人を殺め、食料を奪い去る日が来るに違いない。しかし、いつまでもここに居るわけには行かない。イツキをウスキの村に送り届ける役目が残っているのだ。それに、大勢の兵士が来れば、自分ひとりではこの村を守れるはずも無い。何としても、この村の人々自身の手で、村を守る術を考えなければならなかった。
カケルはクレと別れ、ひとり、村の中や外を見て回る事にした。
村は、浜辺より一段高い丘の上にあった。よく見ると、河口に溜まった土砂の上に、人の手で土塁を作ってさらに盛り土をして高くしてあった。南側には、葦原の広がる大川が流れていた。
北には、ずっと草原が広がっている。おそらくヒムカの都に続く道が草原の中をまっすぐと伸びていた。カケルは、村の外れにあった黒松の大木に登った。天辺まで登ると、遥か遠くまで草原が広がっているのが見えた。カケルは何かを思いついたようだった。

春の海.jpg
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