SSブログ

-九重の懐-1.サイトノハラの村(斎殿原) [アスカケ第2部九重連山]

1.サイトノハラの村(斎殿原)
三日の道程を経て、三人はようやくサイトノハラの村へ着いた。
小高い丘の上に築かれた村は、カケルたちがこれまで行った村の中で一番大きく、幾つもの高楼や大屋根の家があるのが見える。村に環濠が幾つも廻っており、防護柵も獣ではなく、戦に備えるほど強固な作りになっていた。ヒムカの王が開いたというユイの村の長老の話は納得できた。
カケルたちは、大門の入り口に立ち、驚いた。これだけ大きな村なのに、人影がまったく無かったからだ。村の中の家のいくつかは焼け落ちていたし、茅葺屋根には無数の矢が突き刺さっていた。三人は、不気味に思いながらゆっくりと村の中へ入った。
「おーい、誰か居ないか?」
そう叫びながら、高楼や大屋根、焼け残った家を見て回った。だが、村人の姿はなかった。村の広場を抜け、高床式の大きな館まで行くと、さらに怖ろしい光景が待っていた。
おそらく、王の住まいと思われるその館には、無数の矢羽が、戸板を貫き突き刺さっていた。そして、階段や外周りの床には、黒い血糊が広がっていたのだ。屍こそ無かったが、ここで凄惨な殺し合いがあったことは明らかだった。
「ねえ、あれ。」
館の裏側へ回ったとき、目にした光景に絶句した。目の前に、たくさんの土盛り、墓が並んでいたのだった。カケルはじっとその光景を見て何か考えているようだった。
「おい、あそこに誰か居るぞ。村人かもしれない、行ってみよう。」
三人は、館を出て裏手にある墓場へ向った。人影は、墓の前に蹲って何かしているようだった。
「草色のあの服、ヒムカの兵だよな。」
エンはそう言うと、そっと弓を手にした。危害を加えそうなら射抜く覚悟でそっと近づいていった。カケルも剣の柄に手を掛けたが、心臓の鼓動はしなかった。少しずつ近づき、エンがこをを掛けた。
「ここで何してる!」
その声に、男はビクッと驚いた様子で一瞬動きが止まった。
「ゆっくりこっちを向け!」
エンは、弓を構えたままで言った。カケルはその男の様子をじっと見ていたが、柔らかい声で話しかけた。
「我らは、アスカケの途中、この地へ立ち寄ったのです。ここで何をしているのですか?」
その男はゆっくりと立ち上がり、カケル達のほうを向いた。
「俺の名は、クスナヒコ。モシオの生まれだ。」
「モシオ?・・あの豊かな海の傍にあるモシオの村ですか?」
「何だ、知ってるのか?」
「知ってるかだって?・・こないだヒムカの兵に襲われたところをカケルが救ったんだ。」
エンはまだ弓を構えたままで言った。
「何?ヒムカの兵が襲った?そんな・・くそ・・やっぱり、あの王は嘘つきだったか・・」
「貴方は、ヒムカの兵ではないのですか?」
男は、その問いに、自分の服装に気づいてから答えた。
「ああ・・ついこの間までは確かにヒムカの兵だった。だが、嫌気が差して逃げてきたんだ。初めは、この国を守るためにと思ったのだが・・毎日、周りの村へ行き、食べ物や人手を集める仕事ばかりで・・中には、逆らう者を殺せと言われて・・・戦などありもしないし・・それで、ここに隠れていたんだ。・・なあ、もう良いだろう、弓を置いてくれないか。」
エンはようやく弓を置いた。しかし、まだ信用できない様子であった。イツキもカケルの後ろに隠れるようにして男の動静を見ていた。
「アスカケの途中だって?・・なら、この村で休むつもりか。・・だが、ここには人っ子一人居ないぞ。・・そうだ、お前たち、腹減ってるだろ。おれについて来い。いいものがあるんだ。」
クスナヒコはそう言うと、館のほうへ向った。カケルたちも仕方なくついていくことにした。
クスナヒコは、館に入り、大広間を抜けて祭壇の脇へ入っていった。祭壇の脇には、館の下に下りる階段があった。薄暗い階段を下りると、調理場らしきところがあった。
クスナヒコは、足元の板を持ち上げた。板の下には、たくさんの甕が並んでいて、米や麦、雑穀、干し肉、干し魚等がたくさん入っていた。
「どうだ?これだけ食い物があれば、ここで暮らすのも良いだろう?さあ、食事の支度だ。」
クスナヒコは、そう言って我が物のように甕の中から食材を取り出して、三人の前に並べた。仕方なしに、手分けして、竃に火を入れ、調理をし、夕餉となった。
「なあ、モシオの村はどうなってる?」
クスナヒコは、先ほどの甕のひとつにあった濁酒を口にしながら、カケルたちに尋ねた。
「はい、ヒムカの兵に備え、大きな砦を作りました。当分は大丈夫でしょう。」
「そうか・・皆、元気か?」
「はい、塩作りも皆熱心にやっています。近くの村からも人手が集まって賑やかでした。」
「あのさ・・その・・長老はまだ生きてるか?」
「はい、お元気でした。物見台を作り、毎日、周囲に目配せをするのを仕事にしようと・・。」
「何だ、まだ生きてるのか・・・ええ・と・・女たち・・・は・・どうだ?」
クスナヒコは何か本当に訊きたいことを言えない様子だった。
「はい、姫様とともに元気に、皆、働いています。」
「ほう・・姫様か・・クレも元気か・・。」
「クスナヒコ様、モシオに戻られたらいかがですか?」
カケルは思い切って切り出した。
「馬鹿言え!俺は長老と喧嘩して村を捨てたんだ!今更、帰るわけにはいかないんだ。」
「ですが、今、モシオには強いミコト様が必要なんです。砦は作りましたが、兵が攻めてきたら逃げるようにお願いしました。でも、貴方が戻れば、勇気付けられる。抵抗する事も出来るでしょう。・・それに、きっとクレ様もお待ちだと思います。」
「お前に何が判るんだよ。」
「クレ様と一度浜辺に出たことがあります。クレ様は、とても寂しそうで下。どなたかを待っておられるようでした。」
じっと話を聞いていたイツキが口を挟んだ。
「ねえ、クレ様って綺麗な方?」
エンがそれを聞いて答えた。
「ちょっと色黒だが、背も高くて綺麗だったぞ。いいなあ、あんな姫様が待ち焦がれるなんて、クスナヒコ様、すぐに帰ったほうがいいよ!」
「ふん・・そんな事あるか!・・もう寝るぞ。」
クスナヒコはそういうと、調理場の隣にる板の間にごろんと横になった。カケルたちも食べ終わると、順番に横になった。

その夜、遅く、館に入ってくる人影があった。それは一人や二人ではなく、十人以上の集団だった。皆、足音を忍ばせて、すばやく、広間から階段を抜けて調理場まで入っていった。

館全景.jpg
nice!(11)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0