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-九重の懐‐3.ヒムカの王 [アスカケ第2部九重連山]

3.ヒムカの王
カケルたちは、クスナヒコを見送った後、巫女たちに連れられ、館の裏に広がる墓場を抜け、森に入って行った。
森の中には、草むらに隠れるように小さな小屋が点在していた。それぞれ、一人か二人で一杯になるほど小さく、暮すというよりも潜んでいるというものであった。そして、更に進むと、小高い山があった。よく見るとそれは、山ではなく、盛り土を何重にも重ねたものだった。そして、その炭に小さな入り口があった。案内されて中に入ると、中は板状の岩を重ねた広い通路と突き当たりには大人数が入れる広間があった。天井からは、重ねた大岩の僅かな隙間から光も差し込んでいる。
「ここは何ですか?」
カケルは疑問を感じて尋ねた。
「亡くなった大王様が、我らのために、秘密に作られた場所なのだ。このお陰で、われらは生き延びる事ができたのだ。」
巫女は、これまでの顛末を話した。
先の大王は、この地に村を開き、周囲の小さな村とも助け合い、豊かな国を作ることを目指した。穏やかなヒムカの気候は、豊富な作物の実りをもたらし、森も獣たちを育てた。争いも無く、平穏に日々は過ぎて行った。
大王には二人の息子があった。兄君は気性が荒く粗暴であったが、弟君は大王に似て穏やかで寛大な心を持っていた。
ある日、大王は、兄君を呼び、北の村へ行くように命じられた。ここより北、トヨの国との境に、ノベというに村があった。そこで、新しい国づくりをお命じになられた。
兄君は、すぐにノベの村へ向われたが、なかなか思うように国づくりは進まなかった。
兄君には、タロヒコという従者が傍に居たのだが、この者が、「大王は弟君を次の王にするため、兄君を除け者にすべきこの地に向わせたのだ」と言いはじめた。
次第に、兄君は大王を恨むようになり、周囲の村から兵を集め始めた。そして、ある日突然,大挙してこの地に攻め込み、大王も弟君も手にかけたのだった。
「大王様は、兄君を嫌っておられたのですか?」
話を聞いていたイツキが巫女に尋ねた。
「いや、そうではない。・・大王様は、兄君の器量を信じ、北の地を豊かな土地にしたいと思われていたのだ。・・大王の願いは、九重の地の全てを豊かな地にしたかったのだ。北にあるトヨの国は深い山ばかりで厳しい暮らしが続いておる。・・その昔、邪馬台国がこの九重の地を治めていたころのように、穏やかで豊かな国を作りたいと願っておられたのだ。そのために、兄君を北の地へ向わせた。今のヒムカの王は、歪んだ心をお持ちじゃが・・それは、傍におるタロヒコに操られているだけの事。」
「なんて悲しい・・どうにかならないものですか?」
「われらも、王が正しき事に気付かれるのを待っておるのだが・・・大王様の求めた穏やかで豊かな・・九重の国を・・・・イツキ様、貴女とお会いできた事は、きっと定めです。」
「え・・それは・・どういう事ですか?」
「大王は、ウスキのお生まれでした。幼き事に邪馬台国再興のお話を長老からお聞きになっていたようです。ミコトになり、一人、旅される中で、このサイトノハルの地を新たな国づくりの地と定められたのも、きっと邪馬台国を夢見ての事でしょう。・・邪馬台国の正統なる王の証をもたれるイツキ様、大王様の果たせなかった夢をどうか叶えていただきたいのです。」
アスカケに出る前夜、ナミから聞いた、邪馬台国の王の血を受け継ぐものの定めをイツキは思い出していた。しかし、ウスキに着くまでは、実感を持って受け止めてはいなかった。いや、むしろ、遠く昔の話であり、きっともうそんな定めなど果たせないだろうと考えていたのだった。しかし、ここで改めて、その定めが自分ひとりの問題ではなく、ヒムカの国に関わる事と聞き、怖ろしくなっていた。
イツキの表情が強張っているのを見て、傍らに居たカケルが、そっとイツキの肩を抱いた。
エンも、じっと話を聞き入っていて、弓の腕を試したいとアスカケに出た我が身の軽さを思い返して、途轍もなく大きな定めを背負っているイツキに同情していた。
「なあ、そんな戦があったのに、よく、村のみんなは生き延びてこれたな?」
エンが、話題を変えようとした。
「はい、戦の時、この村には戦う備えはありませんでした。多くのミコト様は命を落とされましたが、子どもと女、老人は、兼ねてから不安を感じておられた、大王様が作らせた、この室へ逃げ込んだのです。何としても生き延び、いつか、豊かな国づくりを始めてほしいと願われておりました。われらは、戦が終わるまでじっとここに身を潜め、その後も、いつ兵が来るとも判らず、森に隠れ、夜にはあの館に集まり、ともに過ごしていたのです。」
「ふーん・・だから、陽のある時は、村に誰も居なかったということか・・・」
「気付かれないよう、じっと森におりました。ですが、カケル様は気付いておいででしたね・・・」
巫女の言葉に、皆、カケルを見た。
「はい・・戦で多くの命が奪われ、村が死んだのだと最初は思いましたが・・・村の中にはひとつとして屍がないことが不思議でした。捨てられたはずの家々も、焼け落ちたところ以外は、皆、綺麗に片付いており、いつでも使えるようになっておりました。それに、墓が綺麗に作られており、きっと誰かが近くに住み、丁寧に墓を作られているはずだとは思いました。」
「へえ?俺は気付かなかったが・・何故、それを黙って居たんだ?」
「・・確信はなかった。・・訳あって潜んでいるとすれば、わざわざ探すのもどうかと・・。」
「昨夜、調理場にわれらが入った時、カケル様は気付かれておいででした。皆様が、寝入るのを待って縄をかけたのですが、カケル様だけはどうやら眠っていらっしゃらないと感じました。違いますか?」
「ええ・・しかし、私だけじゃない・・クスナヒコ様も同様でした。横になった時、小さな声でクスナヒコ様が言われたのです。誰かが入ってきている、抵抗せず囚われよう、命を奪われる事はないからと・・。」
「なんと・・なのに、どうして、・・」
カケルは、巫女たちが驚く様子を見て、更に続けた。
「クスナヒコ様は、墓を荒らしていたと言われたが・・・」
小さな子どもがそれに答えた。
「ああ・・俺・・見たんだ。墓を掘り、剣や弓や・・他にも掘り返していた。」
「そう・・確かに墓を掘り返していたし、剣や弓を取り出していたそうです。・・でも、それはどこにやったとお思いですか?」
「村を出る時には何も持たれていなかったな?」
村人の一人が言った。
「あの調理場の棚を見てきてください。そこに、墓から取り出した剣や弓が収められているはずです。次に兵が襲ってくる時に備え、クスナヒコ様は少しずつ備えをされていたようです。いつか、ミコトたちを集め、タロヒコを除こうと考えていらしたのでしょう。」
村人たちは、クスナヒコの真意を知り、驚いていた。
「ヒムカの兵であった事を悔い、大勢の人を殺めた事実を知り、少しでも罪滅ぼしになればとお考えだったようです。」
石室2.jpg
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