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-九重の懐‐4.美郷へ [アスカケ第2部九重連山]

4.美郷(ミサト)への道
「我らはこれからどうすれば良いのであろう。」
巫女は、村人を前に尋ねた。村人たちは答えに困っていた。これまでじっと潜んで暮らし、いつの日か、平穏な暮らしを取り戻そうとは考えていたが、いつ兵が来るとも限らず、ただ耐えてきたのだ。
「何時来るとも判らぬ兵を怖れず、大王様の夢のためにも、元の暮らしを取り戻していきましょう。・・兵が来れば、また、あの隠れ家へ篭ればよいではないですか。・・私が知る限り、ヒムカの王の兵も真実に気付き、クスナヒコ様のように離れる者も多くなるでしょう。」
「そうじゃそうじゃ!・・この村だけではない、周りの村々にも声をかけ、ヒムカの王を怖れることなく、力を合わせていこうではないか。」
「そうじゃ、そうじゃ。」
「よし、家に戻ろう。すぐにも畑を耕そう。米も作るのだ!なあ、みんな。」
村人の中に徐々に元気な声が聞こえてきた。それに応えて巫女が言った。
「われらも、イツキ様やカケル様、エン様に負けず、この地で我らのアスカケを見つけることにしよう。・・厳しい道のりじゃが、きっとやり遂げてみせよう。」
村人たちは声をあげ、手を振りあげた。巫女はイツキを見て、静かに言った。
「イツキ様、もはや、貴女様の定めは始まっているようです。重い定めですが・・きっとやり遂げてください。・・カケル様と力を合わせて、九重の国を、豊かな国にしてください。」
イツキには、まだ、巫女の言葉が重かった。不安が胸を押しつぶしそうになっていた。
カケルは、イツキの手を強く握って、微笑んだ。
エンは、村人の声を聞きながら、じっと考え事をしていた。
二日ほど、三人はサイの村で過ごし、いよいよウスキを目指す事にした。
「ウスキに参られるなら、海岸沿いを、ノベまで行き、五ヶ瀬川を上るのが楽でしょうが、・・・ヒムカの兵に捕らえられるかも知れませぬ。・・少し、厳しい道ですが、ここを出て、しばらく海岸沿いに行き、ミミの浜から川沿いに山手に入り、ミサトの村、モロの村を抜けて行かれるほうが良いでしょう。ただし、モロの村を抜けた後は、猩猩の森が続きます。油断されぬように。」
最初、悪態をついていた老人は、かつては、ヒムカの村々を巡り、様子を聞き集め、大王に伝える仕事をしていたようで、ヒムカの国の道を知り尽くしていた。
斎殿原の村に別れを告げると、すぐに川があった。浅瀬を通って対岸に渡ると、しばらくは、海岸を進んだ。
「これが・・海?・・ねえ、ずっとずっと海?・・海の向こうには何があるの?」
イツキは初めて見る海であった。どこまでも続く白い砂、寄せては返す波、渡る風に乗り空を廻る海鳥、どれを見ても美しかった。
ナレの村で、アスカケから戻ったアラヒコが話してくれた海の向こうのイヨの国の話を思い出していた。
「九重の国々だけでなく、海の向こうにも人々が暮らしているのよね。・・広いわね・・。」
改めて、世の中の広さを実感した。そして、自らの定めの重さも感じていた。
「さあ、日の沈まぬうちに、ミミの浜まで行こう。」
しばらく行くと、松の茂る小高い丘が見えてきた。
「あそこがきっとミミの浜だろう。・・ヒムカの兵が居ないか、先に行って様子を見てこよう。ここらで少し休んでいてくれ。」
エンは、そういうと走り出した。ひょいひょいと小高い丘の上に上がり、周囲を見回しながら、反対側へ消えた。
カケルとイツキは、大きな松が生えている海岸に腰掛けて、海を眺めていた。
「モシオの村も、こんな所だったな・・」
カケルは、海を眺めながらそう呟いて、浜辺であったアスカの事を思い出していた。
「ねえ、あれが舟?」
イツキが指差した方向から、一艘の舟が、徐々に海岸に近づいてきた。
一人の男が、ひょいと船を下りると、綱を握って舟を海岸まで引き揚げた。そして、重そうな竹籠を抱えると、浜へ上がってきた。
「お前ら、何者だ?」
その男は、二人に近づいてきて無愛想に訊いた。
「旅のものです。」
カケルは伸長に答えた。その男は、更に無愛想に言った。
「何処へ行くつもりだ?」
「・・とりあえず、美郷の村まで・・・。」
「そりゃあ大変だ。美郷に、何の用で向うのだ?」
「・・いえ、もっと先まで行かねばならないのです。・・」
「ふーん・・気をつけろ。女連れでは、ヒムカの兵に狙われるぞ。最近、あいつら、ただの悪党と変わらない。何でもかんでも持っていく。逆らえば、命さえ取られる。困ったもんだ。」
そうしているうちに、エンが戻ってきた。
「駄目だ!・・ミミの浜にはヒムカの兵がたくさんうろついているぞ。このまま入れば、きっと捕らえられる。」
そう言って戻ると、見知らぬ男がいるのに気づいて、思わず、弓を構えた。
「止めろ、エン。悪い人ではない。」
「何だ、こいつ。いきなり、弓を向けやがって!血の気が多すぎるぞ。・・それは、クグリ。ただの漁師だ。ほれ。」
そう言って、竹籠の蓋を取ると、中には綺麗な魚がたくさん入っていた。
「我らは、アスカケの途中。ナレの村から来ました。私はカケル、そして、エン、イツキです。」
男は、カケルの言葉に、表情が変わった。
「アスカケ?ナレの村?・・おいおい、それなら、アラヒコ様を知っているか?」
思わぬ名前が出て、三人も驚いた。
「アラヒコ様をご存知なのですか?」
「・・ご存知って・・アラヒコ様と俺は、兄弟の契りを交わしたのだ。ともに、ここで漁を学んだ。アラヒコ様は、舟を作り、イヨの国へ渡っていかれた・・ナレの村には戻られたか?」
「はい・・それに、妻をめとられ、子どももお生まれになりました。」
「そうか・・無事に戻ったのか・・良かった・・もうすぐ日が暮れる。俺のところに来い。・・すぐそこの小屋だ。美味い魚を食わせてやる。アラヒコ様の話も聞かせてくれ。」
そう言って、すたすたと浜を上がっていった。
三人は顔を見合わせ、すぐにクグリの後をついて行った。
低い草と松の生い茂る林の中に、小さな小屋が立っていた。腰くらいまで砂を掘り下げたところに、低い屋根を葺いて、砂や風を避けているのだった。
松原.jpg
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