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-九重の懐-5.漁師クグリ [アスカケ第2部九重連山]

5.漁師クグリ
「帰ったぞ!」
クグリはそう言って家の中に入った。中は意外と広く、心地よかった。
「お帰りなさい。漁はどうでしたか?・・」
小屋の中には、若い娘が居た。
「ああ、大漁さ。それと、今日は、お客が居るのだ。さあ、入れ!」
三人が小屋に入ると、その娘は少し物怖じした表情をした。
「大丈夫だ。ナレの村の若者だ。・・今日はここで泊まってもらう。良いだろ?・・・こいつは、ユキ。ミミの浜の生まれで・・親をヒムカの兵に殺され一人ぼっちになったんだ・・それで、とりあえず、ここに置いていたんだが・・もうじき俺の嫁になる・・。」
クグリは少し照れながら、紹介した。
三人は、挨拶をした。クグリより随分年下で、カケルたちと余り変わらないように思えた。
すぐに夕食の支度が始まった。イツキもユキを手伝い、魚を料理した。
夕餉が始まり、皆、囲炉裏を囲んでいた。
カケルたちは、アラヒコやナレの村の話をクグリに聞かせた。また、これまで通ってきた村々の様子も話した。クグリもユキも楽しそうに話を聞いていた。

「美郷を越えて何処まで行くつもりだ?・・あんな山奥に行っても何もないだろう?」
クグリが訊いた。
「母様の里、ウスキの村まで行きます。」
イツキが答えた。
「ウスキか・・遠いな。・・」
「クグリ様は、ずっとここに?」
「いや・・俺は・・美郷の生まれだ。一度、海というものを見てみたくて・・15の時、村を出た。もう10年以上、村には戻っていない。最初、ミミの浜に居たんだが、ヒムカの兵になれと言われ、逃げてきた。その時、アラヒコ様に出会ったのだ。」
「アラヒコ様も、ヒムカの王は間違っていると・・それで、兵を辞めたと言ってらしたわね。」
イツキが思い出したように言った。
「そうさ・・ミミの浜の者達も皆苦しんでいる。兵は好き放題に村の物を奪い、命も奪ってしまう。・・こいつの両親も・・それに、こいつだって・・・。」
傍にいたユキが思わず涙ぐんで、クグリにすがりついた。
「ヒムカの兵の中に、こいつの事を見初めた奴がいたんだ。・・それで、無理やり自分のものにしようとした。こいつの両親は、それを拒んで殺されたのだ。その時から、こいつをここに匿ってきたのだ。」
「もっと遠くに逃げたほうが良いのではないですか?」
カケルが訊いた。
「ああ、そのつもりでは居たのだが・・。」
「我らとともに、美郷へ行きませんか?」
「・・ありがとう・・でも、今は、無理なのだ。・・こいつは体が良くないのだ。前に一度、海へ出たことがあったが、すぐに具合が悪くなって引き換えしたのだ。・・だから、しばらく、ここに隠れていようと思う。・・まあ、兵に見つからなければ大丈夫。こんなところまで来やしない。・・それより、お前たちに頼みがある。美郷に行くなら、渡してもらいたいものがあるのだ。」
そう言って、クグリは、袋をひとつ取り出した。
「これは、俺が浜で取った貝の干物だ。・・これを美郷に居る母に渡してもらいたい。・・いや、もう俺の事など見捨てているとは思うが・・俺がここで元気にやっている事を伝えてもらいたいのだ。そして、いつかきっと美郷に戻るからと伝えてもらいたいのだ。」
カケルたちは、袋を受け取り、約束した。

次の日の朝早く、カケルたちは出かけることにした。ミミの浜で兵に見つからないよう、クグリの舟で、浜の港から耳川を遡ることにした。
「お世話になりました。」
カケルたちは、ユキに別れを告げ、舟に乗り込んだ。浜から笑顔でユキが見送ってくれた。
船は、小高い岬を回って、ミミの港に入りかけた時だった。ずっと、松原に視線をやっていたエンが叫んだ。
「クグリ様!・・煙が上がっている!・・あそこ!」
その声に、皆、松原のほうを見た。確かに、松原から煙が上がっている。
「すぐに、戻りましょう。ユキ様が心配です。」
クグリは返事をする間も惜しんで、舟の向きを変えた。
カケルたちも一生懸命に水をかいた。出発した浜に船が着くより先に、クグリは舟を飛び降りて、泳ぎ、一目散に煙の上がる方向に掛けた。カケルたちも、舟を浜に引き揚げ、後を追った。

クグリの小屋が燃えていた。もう辺り一面火の海で、近づく事もできなかった。
「なんて事だ!どうして?」
クグリは立ちすくんだ。すると、松原の奥から悲鳴が聞こえた。明らかに尋常ではない声だった。そして、時折、「静かにしろ!」と怒鳴る声も響いていた。
「ユキーーー!ユキーーー!」
クグリは、銛を持って、悲鳴の聞こえた方へ走ると、十人ほどの兵が、ユキを引っ張っていくところだった。
「クグリ様、いけない!」
そう叫んだカケルの声は届かず、クグリは、銛を構えて兵士たちの中へ走りこんだ。しかし、銛は容易く弾かれ、銅剣がクグリの体を貫いた。真っ赤な血を噴き出して、くぐりはその場に倒れた。
「ふん・・我ら、ヒムカの兵に逆らうとは・・いいざまだ。・・ついでに・・こいつも。」
一人の兵が、銅剣を振り上げて、ユキに切りつけようとした。
ビュンと音を立て、エンの矢が兵士の腕を貫いた。
「うわあ!」
射抜かれた兵士がその場に蹲った。
その隙に、ユキは兵士たちから逃れ、カケルたちのところへ駆け寄り、座り込んだ。
カケルは、倒れたクグリに駆け寄った。しかし、クグリはすでに息絶えていた。

「何だ!お前たち、俺たちに刃向かうつもりか!」
「やめろ!もうやめるんだ!」
カケルは、そっとクグリを寝かせ、立ち上がった。カケルの全身から、怒りが噴き出していた。ゆっくりと剣の柄に手を掛けると、今までに無く心臓が高鳴った。腕や足がぶるぶると震え、一回りほど大きくなったように見えた。

岬.jpg
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