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3-1-8 人質 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

8.人質
バンの兵に取り囲まれ、里の者を救うために、やむなく、バンの元へ下った伊津姫は、球磨川の急流に翻弄される舟のごとく、明日さえもわからぬ自分の運命を考えていた。バンは、伊津姫を捕えた事で、何か安堵したような表情を見せているが、鍾乳洞の前で威勢よく九重の国を手中にすると言った、恐れ多い野望を持った男には見えなかった。
夕暮れ近くまで、球磨川の急流を下り、いくつかの淵も過ぎ、緩やかな流れとなったあたりで、舟は岸につけられた。
「よおし、今日は、ここで休むとするか!」
バンは手下に命じて、岸の芦原に舟を隠すと、球磨川に流れ込む支流の川沿いにある、小さな集落を目指した。
「さあ、姫様、ここからは歩いていただきますよ。」
屈強な男が周りを取り囲み、じろじろと無遠慮な視線を投げつけ、姫を監視しながら、村への道を進んだ。ふと見ると、ひときわ体の小さな、まだ子どもではないかと思える少年が、幾つかの荷物を重そうに抱えながら、歩いている。悪事に加担するような風体ではない。伊津姫は、その少年が気になっていた。
しばらく行くと、支流沿いに開けた土地に、小さな集落があった。男たちは、閉ざされた門を壊すような勢いで叩き、村人を脅すようにして明けさせて、村に入った。そして、村の長老を捕えると、乱暴しようとした。
伊津姫は、長老と男の間に入って、きっと睨みつけてから言った。
「やめなさい。・・狼藉を働くなら、私はこの場で命を絶ちます!」
それを見て、バンが仕方ないような表情を浮かべて、
「おい、やめろ。・・姫様、良いでしょう。・・その代わり、村人を説得してもらいましょうか。我らは、邪馬台国を作るために兵を挙げたのだ。・・九重の村は、我らに加勢するのが道理だとね・・どうです?」
「わかりました。」
伊津姫は、そう答えると、長老と館に入り、ここまでのいきさつを話すことにした。
「これをご存知ですか?」
伊津姫は、胸元から双子勾玉を取り出した。村の長老は、それが邪馬台国の王の証であることは承知していた。
「私の名は、イツキと言います。ここよりはるか南、ナレの村から自分のさだめを果たすために、ウスキへ参り、訳あって、クンマの里と皆さんとともに、バンの悪事を止めようと・・しかし、囚われの身になりました。・・・バンは、この先の八代へ向かうつもりです。抵抗せず、一晩、兵たちをここへおいてください。そうすれば、村に危害は加えないよう約束します。」
伊津姫の話をじっと聞いていた長老は、伊津姫の覚悟も汲み取って、受け入れた。
兵たちは、村の中心にある館に、無遠慮に入り込み、そこここに横たわり、体を休めた。
「姫様、逃げようなどとしない事です。ちゃんと見張ってますよ。さあ、こちらへ。」
バンはニヤニヤしながら、伊津姫を見て、傍に来るように言った。
「私は、邪馬台国の姫です。無礼は許しません。」
「おや、随分強気ですな。・・」
「私の見張りは、そこの者にお願いします。」
伊津姫の視線の先には、舟を降りたときにいた、ひときわ体の小さな少年だった。
「・・へえ・・こいつねえ・・まあ、いいでしょう。おい、お前、こっちへ来い。」
そう言われ、少年はおそるおそる傍に来た。
「お前、名はなんと言う。」
少年は、小さな声でもごもごと言った。
「聞こえないぞ、大きな声で言え!」
「・・アマリ・・です。」
「見かけない顔だが、どこから一緒に居た?・・まあ、良い。お前が今日から姫様の見張り役だ。いいか、逃がすんじゃないぞ。もし、居なくなったら、お前の命を貰うからな・・さあ、しっかり働け!」
バンは、アマリの背を押して、伊津姫のほうへ遣った。
伊津姫は、その少年を伴って、長老の案内で、館の奥の部屋に入った。
「ごめんなさいね・・貴方に大変な役をさせてしまって・・・アマリと言ったわね。年は幾つになるの?」
伊津姫は、優しい笑顔でその少年に尋ねた。
「もう15になります。」
その声は、とても15歳の少年の声ではなかった。
「貴方・・まさか・・女の子?」
アマリは辺りに聞こえたのではないかと不安な面持ちをしながら、じっと伊津姫の目を見た。
「大丈夫、あいつらには話さないから・・・でも、どうして、一緒に居るの?」
アマリは、観念したような表情をして、小さな声で話し始めた。
「私は、ここより南、野坂の海に浮かぶ、女島の生まれです。・・数年前、たくさんの舟がやって来て、私の村を襲ったのです。父も母も・・島の者は皆殺されました。」
そこまで話すと、急に蹲って泣き始めた。
「なんて惨い事・・貴女は無事だったのね。でも、どうしてそれなのに・・。」
「父が私を浜のはずれの洞穴に隠してくれたのです。・・でも、いつまでもあいつらは島に留まっていて・・私は、どうにか逃げなければと思いましたが・・でも、見つかれば殺されると思って、ならば、あいつらの中に入り込めないかって・・」
「生きるために、仲間に加わったというの?」
「・・はい・・でも、本当は・・・あの、バンを・・いつか・・この手で・・」
「仇を討つつもりなのね。」
アマリは頷いた。
「そう・・判ったわ。・・私も、こんな悪行を止めるために人質になったんだから・・・良いわ、これからずっと私と一緒に居るのよ。貴女の事も秘密にしておきましょう。」
「姫様・・」
「きっといつか、バンには天罰が下るはず。それまで、じっと我慢しましょう。・・・それに、クンマの里からも、きっとエンたちも追いかけてきているはずだから。」
「あの・・一つ、お聞きしたい事が・・・勇者カケル様とはどんな方なのですか?」
「カケル?・・どうしてその名を?」
「はい、以前、シン様が居られた頃、バンとシン様が話していたのです。ヒムカには勇者カケルが居る。その者の力を得れば、九重の国をまとめるのも容易い事だと・・」
「そう、カケルの事は、バンも知っているのね。・・勇者かどうかは別にして、とても賢く勇気があって、知恵もある。きっとカケルが来れば、すぐにバンなど退治してしまうでしょう。」
「今はどこに?」
「判らない。・・ヒムカの村々を回っていると聞いたけれど・・どこに居るのか・・・でも、きっといつか、カケルも来てくれる、私はそう信じています。」
伊津姫は、アマリに話すというよりも、自分に言い聞かせるように言った。
バンや男たちは、村人に酒と夕餉の支度をさせ、たらふく食べた後、すぐに眠ってしまった。
翌朝、早く、バンたちは、舟でさらに球磨川を下って行った。

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hirochiki

こんにちは。
ご訪問 & (^^)v ありがとうございました。
by hirochiki (2011-08-11 16:25) 

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