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3-1-11 八代の海 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

11. 八代の海
二人を見送った後、エンはまた舟に乗り込み、なれない手つきで舟を進めた。
周囲の山々が徐々に低くなり、流れも更にゆっくり、川幅も広くなってきた。遠くに、行く筋も煙が上がるのが見え始めた。八代の里へ近づいたようだった。風に中に、磯の香りを感じた。

八代は、低い山が遠くまで続いていて、僅かに浜が広がる静かな土地だった。そして、いくつかの島が点在する穏やかな海があった。エンは乗っている小舟を浜に着けた。
浜には、漁村と思われる集落が、何箇所かあった。エンは、船を降りて、松原が広がる砂浜を抜けて、集落を目指した。最初に立ち寄った集落は、ほんの十軒ほどの家が集まった小さなところだった。漁を終えて戻ってきた漁師やその家族が、獲れた魚を籠に入れて運んでいるところだった。
「すみません、ちょっと伺いたいのですが・・・」
その家族は、エンの姿を見ると、そそくさと家の中に入ってしまった。もう一家族も居たので、同じように声を掛けようとしたが、やはり、家の中に入ってしまった。見慣れぬ男を警戒しているのだろう。エンは仕方なく、その集落を抜けて、次の集落を目指した。しかし、そこでも同様だった。いや、中には、エンの姿を見て悲鳴を上げて逃げ込む女性もいたのだった。
「どうやら・・ここら一帯で、バンの一味が悪事を働いたようだな・・・。」
エンは、一旦、浜に出た。もう夕暮れになり、あたりが徐々に暗くなり始めていた。
エンは、浜に座り込んで、これからどうすべき考えながら、遠くに浮かぶ島影を見ていた。すると、黒い島影の中から、灯りが見えた。いや、島からの明かりではなく、それは、海に浮かんでいる船の灯りだった。それも1艘ではなく、何艘も連なって海を横切っていくのだった。はじめてみる大きな船、前後が大きく反り返り、波に揺られながら確実に横切っていった。エンは、浜を走り出した。見た事もない大きな舟、海を越えてきたのだと直感し、それがきっと伊津姫が連れ去られて事と関係していると確信した。
舟は、どんどん進んでいく。進む方角に視線をやると、さっきの漁村よりも、少し大きい集落が見えた。明かりがぽつぽつと見えている。小さいが桟橋のようなものもあるようだった。
「あそこに入るつもりか?」
エンは、船の行方を追いながら、砂浜を走った。
その集落は、住居の集まったものではなかった。桟橋の周囲には、大きな柱を組んだ物見櫓や、長屋のような造りの掘立小屋、蔵などが立ち並んでいた。この時代には似つかわしくない集落だった。エンが、桟橋近くについた頃、舟は桟橋に着いていて、荷物を下ろしはじめたところだった。周囲の漁村から集められただろう、男たちが、剣を腰につけた男に指図されながら、荷物を舟から下ろし、奥の蔵へ運んでいた。
「誰だ!」
身を潜めていたはずだったが、不意に後ろから怒鳴られた。
「見かけない顔だな、漁師でもなさそうだ。ここで何をしている?」
数人の男に、エンは取り囲まれていた。男たちは、腰の剣を抜き、エンの顔の前に突きつけた。
「旅の者です・・日暮れで道に迷って・・明かりが見えたので・・ここへ。」
「旅の者だと?・・・どこから来た?」
エンは答えに窮した。クンマの里と告げるわけにはいかない。
「まさか、阿蘇から来たのではあるまいな?」
「いえ・・ここより南から・・」
「南といえば、隼人のものか?」
隼人だとなれば、バンの一味と会えるかも知れないと咄嗟に思った。
「はい・・隼人から来ました。」
「何?・隼人から来たのだと?・・ならば、お前、ここを調べにきたというのか?・・」
先ほどから、エンに質問をしている男の顔色が変わった。そして、周囲に居た男たちに目配せをした。すると、男たちは、急に、エンを隠すようにして立った。
男たちの真ん中で、エンは何が起きたのかわからなかった。すると、先ほどの男が、ささやくような声で、
「隼人を名乗るとは・・お前、一体何者だ?・・大丈夫だ、何もしない。正直に答えてくれ。」
そう言って、エンの顔をじっと見た。その男に言葉に嘘はないと感じた。
「私の名は、エン。生まれは、隼人の向こう、高千穂の峰の麓、ナレの村。邪馬台国の姫を守る役を負って、ウスキからクンマを経て、ここへ来たのだ。」
その答えに、男は驚いた。
「邪馬台国の姫・・やはり、姫は居らしたのか・・・それで、姫は?」
「バンという男に囚われて・・おそらく、ここに連れてこられたはずだ。」
「そうか・・そうであったか・・」
男はしばらく、考えていた。そして、
「我らは、隼人の者だ。・・我らの名をかたり、クンマの里を荒らした男がいる。我らの誇りにかけて、その者を捕えるために、北へ進んで、ついに、ここへ来たのだ。今は、あの船にいる、王の兵に紛れて、正体を探っているのだ。」
「おそらく、その男は、バンです。クンマの里やその周辺の村も襲われ、球磨川一帯も奴らがすき放題にしてきたはずです。・・いや、その前に、もっと南でも悪事を働いたはずです。」
「ああ、そのようだ。俺は、隼人の将、ムサシという。ここに居るものも皆隼人のものだ。」
「しかし・・隼人には兵は居ないと聞いていましたが・・・」
「ああ、我らは、海を渡る船人だった。だが、はるか海を越えて、大船が現われてからは、我らの船が襲われる事が増えたのだ。・・次第に、我らのような兵を作らざるを得なかったのだ。」
「それが、あの大船ですか?」
「ああ、海賊なのだ。・・おそらくあの荷物も、我らか、島原の一族のものか・・いずれにしても、小舟を襲い、荷物を奪う奴らなのだ。」
「・・その兵に紛れるなどと・・」
「我らとて、すぐに戦うべきだとは思ったが、敵は尋常な数ではない。あそこに居るのはほんの一部なのだ。あちこちの島に、同じような港を作り隠れている。・・だから、我らは、この兵に紛れ、機会があれば王の首をと考えているのだ。」
隼人の将、ムサシの覚悟のほどは、理解できた。
「私も、あなた方の仲間に入れてください。・・邪馬台国の姫、伊津姫を何としても助け出さねばなりません。・・・」
「うむ、邪馬台国の姫をお救いするのは是非もない。判った。・・だが、しばらくはおとなしくせねばならない。嫌でも、王の命令には従わねばならない。できるか?」
「はい。命に代えても姫をお守りすると誓いを立てております。そのためならば・・」
「よし・・しかし、その服装ではいかん。・・我らの宿へ行こう。」
エンは、ムサシたちに加わる事になった。ムサシたちは、今は、この港の警護の役だった。周囲を見回り、怪しいやつ、漁師を捕え、奴隷にするのが仕事だった。日中は、黄色に染められた衣服と顔を覆うような網笠を被り、剣をかざして港の中をうろつくのが日課となった。

男たち.jpg
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