SSブログ

3-1-12 バンの事情 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

12. バンの事情
球磨川を下り、不知火の海へ達したバンの一行は、河口辺りでしばらく様子を伺っていた。
伊津姫は、バンたちの動きを不思議に感じた。何かを待っているようだった。もう日暮れ近くになり、西日が波にきらきらと反射して、眩しかった。遠くに、黒い島影が見える。しばらくすると、その島影から抜け出てきたように、大きな黒い船体が現れた。伊津姫は、初めて見る大きな船に驚いた。徐々にその船は近づいてきた。バンたちは、すぐにその船に近づいた。大きな船体の中ほどにある扉が開き、船員が顔を出して、縄を投げた。バンたちは受け取った縄で小船を結わえ付けた。
「さあ、姫様、どうぞ。」
バンは、神妙な表情になって、申し訳なさそうに、伊津姫にその船に乗り込むように言った。
「大事な姫様だ、丁重にお連れするんだ!」
そう言ったのは、バンの手下だった。紺色の服を着ていて、どうやら、他の者よりも偉いのだろう。周囲に居た男たちも、深々と頭を下げ、その男を迎えた。
伊津姫がアマリを伴って大船に移ろうとすると、
「お前は乗らなくて良いんだ!」
と別の男に制止された。
「この者は、私の世話役です。駄目だと言われるなら、私も乗りませぬ。」
伊津姫はそう言ってキッと男をにらんだ。紺服の男が、その様子を見て言った。
「まあ、良いでしょう。・・どうやら、姫様はこの者がお気に入りのようですな。」
にやりと笑って、アマリの顔を覗きこんだ。
「アマリ、行きましょう。」
伊津姫は、そう言って船に乗り込んだ。
すると、紺服の男は、小船に残っているバンたちに向かってこう言った。
「バン、ご苦労だった。・・もう、ここまでで結構だ。」
「待て!伊津姫様をお連れしたのは俺だ。王に約束を果たしてもらわねば。」
そう言って、制止する者を押しのけて、船に乗り込んだ。甲板で、男たちが睨みあいになる。
紺服の男が、剣を抜いて言った。
「お前は、わかっていないようだな。・・・お前の島を襲った時、お前が人質になるからと皆殺しにだけはしなかったが、・・・邪馬台国の姫を連れてくるのは、そもそもお前が言い出したことだろう。・・だからと言って、何があるのだ?」
「王は、姫を連れてくれば、解放してくれると約束した。」
「ああ・・だから、あの小舟でどこへでも行けばよいだろう。」
「島を・・村を・・解放すると約束したはずだ。」
「さあな、お前を解放するとは言ったが、島はもはや我らの支配にある。今更、どうにもならないだろう。」
「くそ!」
バンは、腰の剣を抜いて、紺服の男に切りかかった。剣は、紺服の男の右足辺りをかすめた。
「こいつ!」
紺服の男も剣を振り下ろした。バンの右腕をざっくりと切り裂いた。
「やめなさい!もう、やめなさい。」
伊津姫は、咄嗟に、バンと紺服の男の間に分け入って制止した。
「ほう・・何と、寛大な姫様だ。・・騙してここまで連れて来た男を庇うなどとは・・」
紺服の男は剣を仕舞った。
「まあ、良いでしょう。どうせ、あの傷では長くない。ほら、その小舟に乗せてやれ。」
バンと行動をともにしていた男たちが、バンを抱えるようにして、小舟に乗った。
小舟を繋いでいた縄が切られ、船縁の扉が閉められた。
夕暮れが近づく海に、小舟は放り出された。
伊津姫とアマリは、船べりへ行き、バンたちの行方を追った。
バンたちの乗った小船は、しばらく、漂っていたが、球磨川のほとりを目指して進みはじめたようだった。
時折、バンらしき男が大船の方を見ているように思ったが、徐々に、夕闇の中で見えなくなってしまった。

大船の甲板には、漕ぎ手の男たちが、横になって体を休めていた。皆,疲れきった表情で、着衣もぼろぼろで、人間らしい扱いを受けていないようだった。おそらく不知火の海に浮かぶ島々から、奴隷として捕えられた者なのだろう。皆、恨めしそうな目で伊津姫を見た。
その脇を抜けて、先ほどの紺服の男に誘導され、伊津姫は、船室へ入れられた。
船尾にある小部屋から階段を下りると、そこには居室と思える空間があった。中は、いくつかの扉もあり、小部屋に分かれているようだった。
「ここでお待ちください。」
紺服の男は急に柔らかな態度になり、一番奥の部屋に向かって行った。
「王様、邪馬台国の姫をお連れしました。」
紺服の男が扉の前でそう告げると、扉が少し開いて、誰かが顔を見せた。
「王様は、もうお休みになられています。・・明日、朝でよいでしょう。」
顔を覗かせたのは若い女のようだった。
薄い絹衣で素肌さえ見えないが、王の夜伽の役をしているのだろうか、とても外に出られるような身なりではない。紺服の男は、そう言われて渋々引き下がった。
「・・まったく・・」
紺服の男は、ぶつぶつ言いながら戻ってきた。
「今日はもう王は休んでおられるようだ。・・・姫は、そこの部屋にお入り下さい。供の者は・・」
「この者も、同じ部屋で構いません。」
「まあ、良いでしょう。・・・食事は部屋にあるはずです。・・明日は、置いてある服に着替えて下さい。」
紺服の男は、そう言うと、右足を少し引きずるようにしながら、船室から出て行った。
部屋に入って驚いた。食台や椅子、それに寝る場所も豪華であったからだ。見たこともないような装飾があり、錦に染められた寝具、食事も美しい皿に盛られていた。ナレの村やヒムカの国とは、まったく別の世界に来てしまったようだった。
「姫様、大丈夫ですか?」
部屋に入ってその様子に驚いて立ちすくんでいた伊津姫に、アマリは声を掛けた。
「ええ・・・ここまで来たのです。これから出来る事を考えましょう。」
伊津姫とアマリは、衣服を着替え、食事を取り、その日は早々に眠る事にした。
「バンはどうしたでしょうか?」
アマリがふと口にした。
「バンも、人質になっていたのですね。・・あれだけの傷だと、命に関わるかもしれません。」
二人は、バンの背負っていた悲しい運命を知り、憎しみを消せないまま、複雑な思いにかられていた。

夕暮れの海2.jpg
nice!(12)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0