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3-1-15 ラシャ王 北へ [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

15. ラシャ王、北へ動く
男たちの歓声に応えるように、ラシャ王が両手を挙げた。一段と大きな歓声が沸きあがった。しばらくして、歓声が静まると、王が一歩前に進み出て、集まった男達を見下ろして言った。
「わしがラシャ王である。・・この地の新たなる国作りをいよいよ始める時が来た。皆のもの、これを見よ!」
ラシャ王の言葉に、今一度大きな銅鑼が鳴らされた。そして、両脇に男達を従えた格好で、赤く染め抜いた衣に金銀の冠で着飾った女性が現れた。
「邪馬台国の王の血を受け継ぐもの、伊津姫であーる!」
王の脇にいたサンウが太い声で叫んだ。ひときわ大きな歓声が上がった。エンは、サンウの声に驚いて、館の上を見上げた。そして、歓声を上げている男たちの間を掻き分けるように、前に進んで行った。着飾った女性は、確かに伊津姫だった。エンは、伊津姫の視線に入るように、更に前へ前へと進んで行った。エンは、じっと伊津姫の様子を伺った。
「おかしい、伊津姫の様子がおかしい。」
エンが気付いたのは、伊津姫の視線だった。何か遠くを見ているような、視線が定まらないような不安定な様子なのだ。それに、自ら立っているのではなく、大衆には気付かれないように、後ろや脇から、男たちが抱えるようにしているのだ。よく見ると、時折ふらついている。
「何か、おかしな薬でも飲まされたのではないのか?」
エンは、尋常では無い伊津姫の様子に、いてもたってもいられず、壇上へ上がろうとした。
「エン様、今は堪えてください!」
動こうとしたエンの腕を後ろから掴み、耳元で小さく言った男がいた。
その声に驚いて、エンは振り返った。
「イノ様!」
イノはそのままエンの腕を掴んで、男たちをかき分けて、薄暗い港の外れまでつれてきた。
「エン様、お久しぶりです。」
「イノ様、どうしたのです。・・早く、伊津姫を救い出さなければ・・・」
「今は、無理です。私も、数日前にここへ来ました。そして、ここの男達からいろいろと話を聞いてまいりました。・・どうやら、ラシャ王は、姫の力を利用して、九重に自らの国を作ろうとしているようです。」
「ええ、そんな事はわかっています。だからこそ、伊津姫を救い出さねば・・」
「見ての通り、伊津姫の周りには、見張り役がたくさん居ます。それに、今、姫様は薬を飲まされ朦朧としておいでです。・・もう少し、様子を見ましょう。」
「しかし・・・」
「これから、ラシャ王は、おそらく、兵を率いて北へ上る筈です。今、無理をすれば、姫様のお命にも関わるでしょう。もう少し、時を待ちましょう。いずれ、お救いできる機会はあるはずです。」
王が館の奥へ下がると、宴は盛り上がり、あちこちで歓声や唄や踊りが始まった。
エンは、イノやムサシたちと、港の外れの小さな家に戻った。
囲炉裏に火を入れた後、宴の席から取ってきた食べ物や酒を分けながら、話し合った。
「イノ様、貴方が知っている事を教えてください。」
エンが訊いた。
「はい・・私は、野坂辺りで、バンの正体を探っておりました。どうやら、バンは、不知火の小さな島の長をしていたようです。」
「それがどうして、ラシャ王の手先に?」
「ラシャ王は巨大な船をいくつも持っていて、大海を越えてきて、島々を襲っては、逆らうものを容赦なく、皆殺しにして、従えて来たようです。今では、不知火一帯はほとんどラシャ王の支配下にあります。・・バンの島も、同じように襲われたのですが・・バンが人質になることを条件に、村人を救ってくれと申し出たようです。」
「・・それで・・」
そこまで聞いていたムサシが口を開いた。
「しかし・・我ら隼人の名を語って、山の村々を襲ってのは赦せません・・。」
「隼人の名を騙ったのは、ラシャ王の臣下たちらしいです。バンは、見た目には将として率いていたようですが、その実、半分以上は、ラシャ王の臣下です。見張られていたわけです。・・それに、隼人の名を騙ったのには理由があったのです。」
「どういう事ですか?」
「クンマ一族に、隼人の悪事だと判らせて、戦にさせようとしたのです。隼人一族は、ラシャ王にとっても脅威だったようです。不知火より南の海を治める隼人一族が、クンマと戦をしていずれも弱ってくれるのがラシャ王の狙いなのです。」
「しかし、隼人もクンマも戦にならなかった・・・」
「ええ、その後、ラシャ王が、邪馬台国の姫を捕らえてくるようにとバンに命令したのです。」
「姫の存在をラシャ王は知っていたのか?」
エンが驚いて訊いた。
「ええ、そのようです。・・なんでも、千里眼とかいう力があり、遠くのものが見えるらしいのです。その力で、王になったそうですから・・・。」
「なんと・・怖ろしき男なのだ・・・・」
ムサシは、これから立ち向かうべきラシャ王の力に驚愕した。
「ラシャ王は、さっき、新しき国を作るために兵を挙げると言っていたが・・・。」
エンが訊いた。
「伊津姫様の存在を使うのです。姫を奉じて、邪馬台国を復活させると号令すれば、多くの村、国は従うと考えたのでしょう。・・戦をせずとも従う国を増やせると考えているはずです。」
「そういう事か・・・だが、そう上手く行くだろうか?」
「おそらく、無理でしょう。邪馬台国はそういう形の国ではありませんから・・・それに、この九重をまとめるには、まずは阿蘇一族を従わせねばなりません。しかし、阿蘇一族は、御山を守る民としての使命が何よりも大事です。何人たりとも、あの御山を穢す事になるなら、一族みな死ぬ事になることさえ厭わぬ者たちですから・・。」
「では・・いずれ、阿蘇一族と戦になるということだな。」
エンは、この先の定めを考えた。ムサシもじっと目を閉じて何かを考えているようだった。
「エン様、イノ様、我ら隼人一族の敵はラシャ王だと定まりました。我らは、これより、国へ戻ります。」
「国へ?」
「はい、これまでの事を、隼人一族の長に報告いたします。そして、我らは不知火の海をラシャ王の手から奪い戻します。・・ますは、それが我らの・・海を治める者の使命ですから・・。」
イノヒコも言った。
「エン様、私は、これより、クンマを抜け、ウスキへ戻ります。」
「ああ、それが良い。ウル様にもお伝えし、何か良い手はないかも聞いてきて貰いたい。」
翌朝、それぞれ八代を後にした。それと同時に、ラシャ王の使いが、港辺りを周り、港に屯する男たちに、兵になるよう触れて回った。ついに、ラシャ王の大軍が組織され、北へ向けて進軍を始めたのだった。

百済姫.jpg
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