SSブログ

3-1-18 イノヒコの知らせ [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

18. イノヒコの知らせ
エンとイノヒコは、白川の畔の葦の中に身を潜めた。
「あの男は何者でしょう?」
エンは、イノヒコに訊いた。
「あれは、ラシャ王の密使でしょう。」
「密使?」
「ええ、阿蘇に居た時、あの黒服の男が村の中をうろついておりまして、なにやら怪しげな動きをしておりましたので、後を追っていたら、ここへ参りました。あちこちを調べ、王に知らせる役をしているようです。ラシャ王の千里眼は、あの者達が得た話をまとめただけのことです。・・畏れる事はありません。」
「なるほど・・・」
「クンマの里を襲った男たちの中にも、同じような格好をした男がおりました。ラシャ王が放った密使でしょう。」
エンは、ラシャ王の千里眼のからくりを知り、安堵した。
「静かに!」
イノヒコが、エンに言って頭を低くした。河原に数人の足音が響いた。
葦の茂る隙間から、様子をじっと見ていると、先ほどの黒服の男と同じ格好をしている男が二人、周囲を探るような目つきでやって来た。
「さっきの男の仲間でしょう。」
「どうする?」
イノヒコはじっと男たちの動きを見ていた。そして、忍ばせていた短剣を手にした。エンも剣を構えた。しかし、二人の男は、川を下り、次第に見えなくなってしまった。
「ああいう奴らが、他にも居るのか・・・。」
「はい、きっと、瀬田の地にも、黒服ではないものの中にも、紛れているでしょう。」
「気をつけねばならないな。」
エンは、敵の真ん中に一人で居る事を改めて思い知った。

「イノヒコ様は、阿蘇から来られたと・・・」
「はい、カケル様も阿蘇に入られました。今、阿蘇一族とともに、ラシャ王の軍に備えるよう動かれています。」
「そうか・・カケルが来たのか・・・。」
エンはカケルの名を聞いて、途轍もなく安心した。姫を救い出す事も、ラシャ王を倒すことも、きっとカケルなら遣ってくれるだろう。そう思うとともに、自分の不甲斐なさを感じた。
「エン様、カケル様は今、苦労されているようです。」
「どういうことです?」
「阿蘇一族は、御山を守るのが使命。何人たりとも、阿蘇の里に入れることは無いでしょう。しかし、阿蘇より外へは決して出ません。ここに居る限り、戦は起きませんが、同時に、姫様をお救いすることもできません。」
「カケルはどうしようとしているのです?」
「阿蘇の長様と、毎日のように相談をされているようですが・・やはり、一族の掟を破るわけにはいかないようです。」
「しばらく、睨みあいが続くという事か・・・。」
「私は、もう少し、この周囲の様子を調べて参ります。・・何か、次の手を考える事ができればと・・」
「ウスキの皆はどうしています?」
「はい、エン様がおっしゃったように、万一に備えております。五ヶ瀬やシイバ、クンマの里も同様です。・・弟たちも、それぞれ別れて、様子を探っております。」
「姫様の事を心配しているのだろうな・・」
「・・ウル様と巫女様が、毎日、祈りを奉げられております。・・何か起これば、すぐに駆けつける事もあるでしょう。」
「そうか・・・私も、何か手は無いか、考えてみよう。・・カケルには、姫様はお元気だと伝えてください。」
「はい、判りました。・・それでは、参ります。」
「イノヒコ様も、ご無事で。」
エンはイノヒコを見送り、集落へ戻った。

集落に戻ったエンは、人夫の寝泊りしている宿へ戻ると、アマリを探した。
伊津姫は、相変わらず、館の奥の部屋で、足枷をつけられ囚われの身であったが、アマリは、姫の世話役として、ある程度、動き回れるようになっていた。館から出るときは、いつも白い服装をして、村の娘に紛れているのだった。
「アマリ、話がある。・・」
物陰からアマリに近づき、小声で声を掛けた。
「・・館の裏手でお待ち下さい。・・・すぐに、参ります。」
アマリは、伊津姫に頼まれたものを届けた後、すぐに、約束の場所へ向かった。
エンは、館の裏手にある小さな小屋の中で待った。しばらくして、アマリが来るとすぐに、イノヒコから聞いた話を伝えた。
「すぐに、姫に伝えてくれ。カケルが阿蘇に来ているから安心するようにと。」

アマリは、姫の部屋に入ると、エンから聞いた事を耳打ちした。
「えっ、カケルが阿蘇に?」
「ええ、そのようです。ウスキのミコト様達が、あちこちの村を回り、様子を聞き集めておられるようです。・・確かに、阿蘇にカケル様はいらっしゃるようです。」
「そう・・・それならば、この先、もう少しの辛抱ですね。カケルが居るならきっと大丈夫。」
「私も、カケル様にお会いしたいです。エン様も、伊津姫様も、カケル様のお名を聞いただけで、随分お元気になられました。・・やはり、それほど凄いお方なのですね。」
「ええ・・・幼い時から、ずっと私はカケルの背中を追いかけてきました。・・いつも守ってくれました。本当に、兄のような、父のような、とても大きな存在なのです。」

伊津姫は、囚われている部屋にわずかに空いている小窓から見える、青空に視線を遣りながら、遠く阿蘇の地にいるカケルに想いを馳せていた。

ラシャ王と阿蘇一族、カケルの対決の日が次第に近づいていた。

冬の阿蘇3.jpg
nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 8

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0