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3-2-2 伊津姫 不在 3-2-3 アスカとマナ [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

2. 伊津姫不在
「伊津姫様は?」
館の広間に集まった皆を見て、カケルは訊いた。皆、どう答えようかと顔を見合わせた。
「エンも見えないが、どうしたのです?」
再び、カケルが訊いた。巫女が答えた。
「申し訳ありません。・・伊津姫様は、エン様とともに、クンマの里へ向かわれました。・・お止めしたのですが・・クンマの里を救わねばとおっしゃられて・・」
巫女は、クンマから姫とムサが訪れ、伊津姫に助けを求めた事の次第を話した。
じっと聞いていた、カケルは頷いた。
「・・そうですか。・・五ヶ瀬で、火の国に何か異変が起きたとは耳にしたのですが・・やはり、そうでしたか。・・・エンもともに居るのですね?」
「はい、姫を守るのが自分の役目だとおっしゃって。」
「それなら、大丈夫でしょう。きっと無事にお守りしているでしょう。・・それで、いつごろ、ここを発たれたのでしょう。」
「ちょうど、ひと月ほどになります。そろそろ、何か知らせがあっても良いころなのですが・・・」
村の者たちは、言葉に出さないが、伊津姫がウスキを出てから、毎日、無事の知らせを待っていたのだった。皆が沈んだ表情になったのに気づいたカケルが言った。
「きっと大丈夫です。エンが傍にいるのです。私も、すぐにでも伊津姫の後を追います。皆が心配している事は判りました。きっと大丈夫です。」
その言葉に、村の者たちも、巫女も、心強く感じ、表情も明るくなった。
「さあ、せっかく、こんなに用意していただいたのです。私も、長い道中、腹も減っています。食べましょう。」
カケルは、目の前の鶏肉を掴むと、大きな口を開けて噛み付いた。しかし、一度に口に入れすぎたのか、咽てしまった。
「まあ、これは大変!」
広間に笑い声が響いた。
「ところで・・・隣にいらっしゃるのは・・・?」」
巫女が今更とは思いつつも訊いた。
「ああ・・紹介していなかったですね。・・」
そう言って、チラリとアスカの顔を見た。すると、アスカが立ち上がり、皆を見回してから、
「アスカです。・・モシオに居たのですが、カケル様とともにあちこち回っておりました。どうぞ、よろしくお願いします。」
アスカは、ペコリと頭を下げた。
「ウル様が以前にどこかでお聞きになった、女神様と呼ばれる方がいると・・貴女でしたか。」
「女神などと・・私はそういうものでは在りません。」
村の男たちがそれを聞いて、
「いや・・女神様だ。・・伊津姫様に負けぬくらい、いや、伊津姫様よりも美しいかも知れぬ。」
「いや・・伊津姫様のほうがお綺麗だぞ!」
「まあ、いいじゃないですか。」
カケルは、アスカが真っ赤になって照れている様子を察して、止めた。

しばらくは、カケルは、モシオでのタロヒコとの戦いの様子や、ヒムカの国の村々の様子などを皆に話して聞かせた。皆、身を乗り出して、カケルの話に聞き入った。
「タロヒコは恐ろしき力を持っていました。モシオの皆も力を尽くして戦いましたが、手ごわかった。・・命の無い者を相手にする事は、得体の知れぬ恐ろしさがありました。」
「それでも・・カケル様はお倒しになった・・」
「私の力だけではありません。アスカが傍に居てくれたおかげなのです。私一人では、おそらく、タロヒコに殺されていたでしょう。」
「その後、ヒムカの村々を回られていたのでしょう?」
「ええ、随分、いろんなところに行きました。タロヒコのせいで、痛めつけられた人々があちこちにいらっしゃいましたから・・・。」
「それほど酷い事が・・」
「ええ、海岸に近い村は酷い有様でした。・・怪我や病に喘いでいる人も多くて・・・アスカは、病気を治す力があるようなのです。アスカが看病すると、たちまち元気になると・・皆、驚いておりました。」
「我らにも出来る事があるならば、また、いつでも協力いたしましょう。」
「そうですね。米をまた、海岸の村へ運んでくださると嬉しいですね。そうそう、キイリ様、キムリ様、キトリ様も随分ご活躍されました。皆、感謝しておりました。」
「米を運んで、喜ばれるのなら、いつでも。」
「アスカも、畑仕事が上手いんですよ。種まきは誰よりも早くて、綺麗にできる。最初は、教えておりましたが、次第に教わるようになりました。」
カケルは、アスカが居てくれた事でどれだけ助かったかと、話の端々に散りばめた。ヒムカの村を回りながら、驚くほど次々に教える事を覚え、今では、カケル以上に薬草の事、病気の事、山々の事を知っている事を話した。

「カケル様からは、幾度もウスキのお話をお聞きしました。山間に在りながら、皆さんが寄り添って穏やかに暮らしておられると・・ここへ来て、もっともっと素晴らしいところだと感じました。」
その言葉を聞いて、カケルも続けた。
「ウスキは、随分、豊かになったようですね。・・あの砦にいた若者たちも、熱心だった。・・力を合わせて村を守り、暮らしを守っているのが良く判りました。ここはもう大丈夫ですね。」
カケルは巫女に言った。
「ええ、田畑の水が枯れることなく、毎年豊かな実りをもたらしてくれます。皆、この村を大事に思っているのです。・・そうそう、マナが毎日、水守の仕事を熱心にやってくれるからです。本当に一生懸命にやってます。カケル様、マナを褒めてやってください。」
巫女がそう答えて、マナを見た。カケルが、マナに、
「マナ、よく頑張ったな。これからもしっかり頼むぞ。」
そう言ったが、何だか、マナは不機嫌だった。
「どうした?マナ。」
マナは、じっと下を向いたまま、絞り出すような声で言った。
「・・カケル様・・その・・アスカ様は・・」
「どうした?よく聞こえないが・・」
「アスカ様は、カケル様のお嫁様になられるのですか!」
マナの顔は真っ赤になっていた。怒っているのか、恥ずかしいのか、よくわからない表情で言った。そう言ってから、マナは涙が零れた。
「おい、マナ!」
カケルは、マナの表情に困惑し、何を答えてよいのかわからず、黙っていた。マナは、立ち上がり、外へ飛び出していった。

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3.アスカとマナ
館を飛び出していったマナの後を追って、アスカも館を出た。
マナは、神川の畔を走って、泉へ向かった。いつも、ここでカケルの帰りを待っていた。
マナは、膝を抱えた格好で顔を伏せて、座っていた。アスカは、マナを見つけると静かに近寄って、同じように腰を下ろした。
「綺麗な泉ね。」
アスカは一言そう言って、しばらく、黙ったまま、泉から湧き出す水を眺めていた。
「この泉、マナさんがカケル様と一緒に見つけたのでしょう?カケル様が話してくださったのよ。とても利口で、勇気があって、一生懸命生きてる女の子が、ウスキに居るんだって。」
マナは、顔を膝に埋めたまま、アスカの言葉を聞いていた。
「思ったとおりの可愛い女の子だった。」
さらさらと静かな音を立てて流れている神川の畔は、時折、鳥の鳴き声が響いていた。
しばらくしてから、アスカが口を開いた。
「ねえ、マナさん。貴方がカケル様に会ったのは幾つの時だったの?」
マナは顔を伏せたまま、答えようとしなかった。
「私は、まだ九つだったかしら。・・モシオの村を救って下さった時だったわ。村人が皆、怖い思いをしていた時、突然現れて、悪い奴らを退治してくださった・・・命の恩人だった。」
マナは、少し顔を上げて、アスカのほうを見た。
「幼かった私は、とてもカケル様に、近づく事などできなかった。神様みたいだったもの。」
マナも、カケルとの出会いを思い出して、顔を向け、アスカの話を聞き始めた。
「私は、塩焼き小屋に居たの。朝、目覚めると、火を起こし、塩釜に海の水を運んで、煮詰め、海草に浸し塩を作る仕事・・・日暮れまで、ずっと、そこに居た。一緒に働いているのは、お婆様達でね。ほとんど、話をすることも無かった。でも、それで良かったのよ。そういうものだと思っていた。」
マナは、アスカの生い立ちはまったく知らなかった。
透き通るような白い肌、円らな瞳、まっすぐ伸びた手足、長い黒髪を一つに束ねた姿は、自分とは正反対で、どこかの村の姫様なのだろうとマナは思っていた。しかし、アスカの話はまったく違っていた。
「・・毎日、塩を作って、いずれ歳をとって、死んでいく。そんなものだと思っていた。」
「そんな・・・」
マナは、アスカの話を聞いてようやく声をだした。
「そんな・・カケル様や伊津姫様は、いつもおっしゃてた。誰も、生きる役目があるって・・私だって、水守の仕事をやって、村の皆のお役に立てると思ってるわ。アスカ様だって、塩を作って、みんなの役に立っていたのでしょう?」
「そうね・・でもね・私は・・そうじゃないって、その頃思っていたの。私ね、モシオで生まれたのではないのよ。まだ、赤子の時、ひとり船に乗って、モシオに流れ着いたの。父様や母様を知らない、自分がどこの国の人間かもわからない。・・きっと、この世に生まれるべきではなかったのだって、思っていたのよ。」
アスカの生い立ちを聞いて、マナは言った。
「私も、生きていたくないって思ってた。父様が水守の仕事をしくじって、どこかに居なくなった後、村の人は皆私や母様に厳しかった。母様は、必死で父様を探したし、水守の仕事も引き継いでやっていたけど・・・ちゃんと水が田畑に届かず、皆からいつも厳しく見られていた・だから、もうこんな村に居たくないって思っていたの。でも、カケル様が、泉を見つけてくれて・・今、こんなに豊かな村になったし、私も村の役に立っている・・生きていても良いんだって思えるようになったわ。だから、カケル様は私の命の恩人。」
「そう・・カケル様は、私にも声を掛けてくれた。仕事の大変さを労ってくれてね。その日から、私はカケル様にくっついてた。・・・モシオの村に砦を築き、高い高い物見櫓を建てたの。私、一番に櫓に登ったわ。遠く遠く、海の向こうまで見えそうだった。私の生まれたところは何処だろうって・・そしたら、カケル様、物見の仕事を私にやらせてくれるように長様に頼んでくださったわ。私、ようやく、村の役に立てるような気がしたのよ。」
マナは、改めてカケルの優しさの深さを感じていた。
アスカが、くすっと笑ってから言った。
「私ね、カケル様が村を離れる時、迎えに来てってお願いしたの。」
マナはおどろいた。飛鳥はそんなマナの表情を見て、
「びっくりでしょう?今から思うと何てことお願いしたんだろうって・・」
「それで?」
「カケル様は、あっさり迎えに来るって約束してくださったの。・・でも、村の皆は、そんな約束など叶わない事だって馬鹿にしてたわ。私も、そんな約束、幼い私の気持ちを汲んで、言ってくれただけだって思っていたけど・・でも・・ひょっとしたらって毎日毎日、モシオの村で待っていたのよ。そしたら、あの日、タロヒコから村を守るために、またおいでになった。私、嬉しくって・・今日の貴女のように、飛びついて・・・」
マナは、西の砦に欠けるを迎えに行った時のことを思い出して、恥ずかしくなった。
「今日、マナさんを見て、私とおんなじだって思った。貴女も、カケル様のことが大好きなんでしょう。きっと、私以上にカケル様を想っているかもしれないわね。」
そう言って、アスカはマナの顔を見た。マナは、そんなアスカを見て、やはりカケル様のお嫁さんになるのかと嫉妬心が湧いてきた。
「マナさん、安心して。私はカケル様が大好きだけど・・・カケル様は別の方を想っていらっしゃるの。ずっと傍に居たからわかるのよ。」
アスカが、急に寂しそうな表情になった。マナもその言葉の意味が判った。
「・・伊津姫様?・・」
アスカはこくりと頷いた。今にも涙が零れそうな表情になっていた。
「お傍に居て、こんなにもカケル様のことを想っているのに・・カケル様の心の中には、いつもいつも・・伊津姫様がいらっしゃる。・・」
その言葉はもう堪えきれない悲しみに満ちていた。
「・・お辛いでしょうね・・・。」
マナは、じっとアスカを見ていた。アスカは、涙を堪え、顔を上げて言った。
「ごめんなさいね・・マナさん。・・・きっと伊津姫様には叶わない・・・」
「わかったわ。・・もう、変な事は言わない。でも、お傍に居られる貴女が羨ましい・・」
「いつまで、お傍に居られるか、わからないけどね・・・」
再び、アスカは不安な表情になった。
「・・決めた、たった今から、私は貴女の味方になるわ。」
「ほんと?」
二人は顔を見合わせ、手を繋いで、お互いの気持ちを確かめ合った。
「じゃあ、館へ戻りましょう。私、お腹ペコペコだもの・・」
「私も・・」

天の真名井1.jpg
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苦楽賢人

3-2のあと、3が抜けていました。
突然、飛び出したマナを追うアスカとの心のふれあいが・・実は・・一番時間がかかった所なのに・・・先をお読みいただいている方にも、今一度、お読みいただきたいので、追加しました。話が通じなくなっていたんですが・・・
by 苦楽賢人 (2011-09-06 13:00) 

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