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3-2-9 西の谷 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

9.西の谷
「さあ、西の谷へ行こうか。」
カケルは、シュウにそう言われたものの、気が進まなかった。
阿蘇一族の協力を得て、何とか、伊津姫を救い出すことを一番に考えていたのだが、今は、次の方策も見つからない。西の谷を見て、何かが見つかるとも思えなかった。
「カケル様の気持ちはわかります。・・だが、我が一族の掟は絶対です。・・いや、阿蘇を出て戦う事などできぬのです。西の谷へ行けば、判ります。さあ、行きましょう。・・さっき、大主様が、カケル様のためにと、馬も用意してくださいました。・・カケル様は、あの暴れ馬を手懐けたそうではないですか。」
そこには、あの白馬が、手綱を付け、静かに立っていた。
「カケル様、行ってみましょう。私、馬に乗りたい。」
アスカがカケルの手を引いて促した。
「アスカ様は、馬がお好きなようですね。・・我等の村では、女たちはなかなか近寄ろうともしないのだが・・強いお方だ。では、参りましょう。」

大門を出て、森の細道を抜けたところで、カケルとアスカは白馬に乗った。
前にはシュウの乗った黒馬が駆けていく。アスカは、前と同じようにカケルの腕に抱かれていた。頬に感じる風が心地よかった。幾つかのなだらかな丘を駆け抜け、川を越えた。
「これは、黒川。・・御山の南側には、白川があって、西の谷で合流しているのだ。」
馬はまっすぐ西へ駆けていく。目の前には、阿蘇の外輪山の山並みが迫ってくる。徐々に、大岩がごろごろとして荒れた土地に入った。
シュウは、馬を下りた。
「ここは、立野と呼ばれる地。ここに立つと、遠く原野が広がっているのが見えます。」
遠く、白川に沿った辺りに広い原野があった。眼下には、湖が広がっていた。シュウは、遠くまで見通せる場所で、カケルたちに話した。
「あの先は、海へ続くと聞いています。ここから東、そう、あの大きな森の中に、大里は隠れています。御山の真北の辺りでしょう。私の里は、この真下。あの湖は、白川と黒川が合流して作ったもので・・・・ここからは、しばらく、岩場をつたいながら降ります。」
そう言うと、大きな岩の隙間から少しずつ下を目指して降り始めた。途中、わずかな岩の窪みに身を貼り付けるように降りるところがあったり、細い隙間を身を縮めて通り抜けた。
ようやく、少しなだらかな場所へ出た。そこは、先ほど見た湖の畔だった。そこから少し上がったあたりに、小さな集落があった。
「あそこが、西の谷の里です。さあ、行きましょう。」
シュウの足音に気づいてか、里から子どもたちが走ってきた。
「シュウ様、お帰りなさい。」
「良い子にしていたか?・・そうか・・なら、これをやろう。大主様から戴いたものだ。」
シュウは小さな包みを渡した。子どもたちは、大事に受け取ると、そっと開けた。中には椎の実がたくさん入っていた。子どもたちには何よりのご馳走だった。
「皆で、わけるのだぞ!」
子どもたちは、嬉しそうな笑顔を振りまいて、家のあるほうへ向かって走っていった。
「元気な子どもたちですね。」
「ええ・・この湖が遊び場で、幼い頃から、魚取りをして過ごしています。」
「社のある村へ、子どもたちは行かないのですか?」
「いえ、春から秋まではここに居ますが、冬場はここでは暮らせません。・・阿蘇の一族は見な、どこの里も冬になると、大里へ戻り暮らします。春が来れば、それぞれの里へ行き、冬のくらしに備えて、獲物を取ったり、収穫したりして大里へ運ぶのです。・・それに、突然、御山から毒気がやってくることもあるので、大主様はそれをいつも見張って居られるのです。」
カケルとアスカは、少しずつ阿蘇一族の暮らしを知り、一見穏やかに見えるこの地が、実は過酷な状態にある事を感じていたのだった。
「まだ、日暮れまでには時間がある。どうです、湖に出てみますか?」
シュウはそういうと、湖畔にある丸木舟に乗り込んだ。カケルもアスカも乗り、湖上へ出て行った。岸からしばらくは岩が水面から顔を覗かせる浅瀬だったが、すぐに、深みとなり、真っ暗な湖底へと変わった。
「ここは、大昔、深い谷があったところだそうです。谷があった頃には、下の立野あたりからなだらかな坂道で阿蘇の地へも入りやすかったのでしょうが・・。」
「今はちがうのですか?」
シュウは櫂を力強く漕ぎながら、遥か前方を見つめながら答えた。
「ええ、この先を御覧なさい。切り立った崖が一面を取り巻いているでしょう?阿蘇の御山が火を吹いて、この辺りの山が大崩を起こしてしまいました。それで白川を堰きとめて、湖が出来たのです。」
カケルも、シュウの視線の先を追い、訊いた。
「あの崖の向うは?」
「ええ、同じように切り立った崖が続いています。あちら側から越えてくるには、人一人通るのが精一杯の道を、崖に張り付くように登って来て、またあの崖を下り、深い湖をも渡らねばなりません。ですから、どんな大軍がこの地を襲ってきても、この崖がある限り、容易には踏み込めないというわけです。」
カケルは、社で男たちが「戦にはならない」と笑った意味がようやくわかった。天然の要崖に守られている事を言っていたのだった。
「例えば、あの崖を登らず、もっと南側から入る事はできるのでは?」
「ええ、もっと南・・そう、益城辺りから山越えで入る道もあります。ですが、深い谷が幾つもある上に、南側から来れば、御山の毒気に当てられる事もありますから・・・。」
「では、もっと北から入る事は?」
「・・それは・・確かに、北の瀬田から的石の峠越えで入る事もできましょう。・・ですが、瀬田の地は泥地、冬場には深い雪に閉ざされ、春から秋は、膝までぬかるむほどの泥の中を歩く事になります。我らとて、あそこを下る事は考えません。」
「そうですか・・だから、外から攻めてきても戦にならぬというのですね。」
丸木舟は、湖のほぼ中央辺りにまでやってきた。
「どうです。静かでしょう。阿蘇の地は、誰も侵すことなど出来ない神聖なところなのです。」
カケルとアスカは、岸に戻り、シュウの家で一晩を過ごしてから、翌朝には岩場を登り、大里へ戻る事にした。
岩場を登りきったところからは、遠く、阿蘇の西側の谷が望めた。
「カケル様、やはり、阿蘇一族の力を借りるのは、無理みたいですね。」
アスカは、カケルに訊いた。カケルは、遠くに見える西の谷の先に視線をやって、考えていた。阿蘇一族を頼りにせず、ここから西の谷を降り、伊津姫が囚われていると思われるバンの兵の中に入り込み、エンと協力して救い出す事しかないのか、それとも、阿蘇一族の地に留まるべきなのか迷っていた。

阿蘇幻の湖.jpg
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