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3-2-10 居を構える [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

10. 居を構える
「ここでしばらく考えよう。」
カケルの答えは、意外なものだった。
「ここでって?阿蘇の大里で?」
「いや・・ここからは、遠くまで良く見える。きっと、バンたちはこの地を目指してくるはずだ。その時を待とう。・・ここ、立野に居を構えるんだ。」
カケルは、辺りを見渡した。幸いにも、周辺は森林が広がっている。
「ナレの村もこういうところだった。大丈夫さ、夜露を凌げればよい程度の家などすぐに作れる。・・・ただ、大里に戻り、大主様には許しを得たほうが良いだろうが・・・・」
カケルは辺りを見回した。そして、タツルがやったように指笛を鳴らしてみた。
しばらくすると、馬の蹄の音といななきが響いて、あの白馬が駆けて来た。
「お前は利口だなあ・・・俺達が居ると知っていたのか?」
カケルはそう言うと、馬の鼻面を撫でてやった。二人は白馬にまたがり、大里へ戻った。

「何?立野に居を構えたい?」
大主タツルは怪訝そうな顔で尋ねた。
「何故、大里ではダメなのだ?・・西から来るという敵など、この地へ入って来れぬ。あそこに居ても何も始まらないと思うが・・・まあ、良い。好きにしろ。」
タツルの許しを得て、カケルとアスカはすぐに立野に向かい、森から気を切り出し、小さな家を作った。ヒムカの村村を回っていた頃に、アスカも家作りは心得ていた。土を掘り、太いぶなの木を切り出し、柱として、周りを細い木と荒縄で縛り、最後に、萱を吹いて完成させた。カケルたちが立野に居を構えるという話を聞いた大里の者たちは、心配そうな面持ちで様子を見に来ては、食べ物や皿など暮らしに必要なものを届けてくれたのだった。
西の谷の里からも、子供たちが岩山を登って、湖で取れた魚の干物を届けてくれた。

ほぼ暮らしの用意が整った頃、大主タツルがやってきた。
「ほう、意外と良い暮らしになりそうだな。」
そう言って、カケルを見ると、にやりと笑って、アスカに小さな包みを渡してから、家の中に入った。タツルがくれた包みには、椎の実がたくさん入っていた。
囲炉裏を囲んで座ると、タツルが話を切り出した。
「・・昔、この地の北には、砦があったそうだ。・・随分、昔の話になる。私も、先の大主から聞かされたのだが・・その頃は、邪馬台国はまだ無かった。八代からやって来る兵を防ぐために作られたそうだ。だが、瀬田の地から、その砦には誰も辿りつかなかった。瀬田からここまでは、深い森と沼地はある。その上、深い泥道に足を取られるのだ。・・・八代からここへ来る軍がどれほどでもこの山を越える事はできぬだろう。」
「今も変わっていないのでしょうか?」
カケルは、タツルの顔をじっと見て尋ねた。
「・・どうだろう。我らはこの山を越える事は許されぬからな。・・・」
カケルは、その言葉を聞いてじっと考えていた。
「瀬田の地まではどれくらいなのでしょう。」
「下るだけなら、一日ほどのところだろう。まあ、まともに行けたとしてだが・・」
「私が、山を超え様子を探る事は許していただけますか?」
タツルはしばらく考えてから言った。
「カケル様は、阿蘇一族ではない。ゆえに、この地から出るのは構わぬ。だが、ここへ戻ってこれるかどうか・・もし、戻ってこれるとすれば、兵もやはりここへ辿りつくということだから、我らも備えをせねばなるまいな。だが・・道など無いぞ?深い森で迷えば命を落とす事もある。それでも行くのか?」
「はい。」
「それならば、もうしばらく後のほうが良かろう。・・秋になれば、泥濘も少なくなる。途中、木の実や獲物も取れるだろう。迷ったとしても、生き延びる事もできよう。」
「はい、そうします。」

カケルは、大主タケルの許しを得て、瀬田の地へ向かう時を待った。
それまでの間、カケルはアスカとともに、立野で暮らすことになった。
周囲の森で狩りをしたり、夏の木の実を集めたり、時には、湖面まで降りて、シュウたちとともに魚取りも手伝った。
アスカは、モシオの地を出てからずっとカケルとともに行動していたが、常に、どこかの村の普請や手伝いに励んできたこともあって、カケルと二人で過ごしたという想い出は無かった。この立野での暮らしは、自分たちの思うように自分たちのために時を過ごしているようで、今までカケルと居た時間の中で、最も幸せを感じられるのだった。

「アスカ、今日は湖に行こう。湖のずっと向こうに行ってみよう。」
朝餉を終えて、カケルはアスカに言った。
崖を降り、湖畔に着くと、シュウが丸木舟を引き出していた。
「カケル様、この舟なら大丈夫でしょう。」
シュウはそう言って、舟を見た。
「どうだい?シュウ様に教わって舟を作ったのだ。随分、手間は掛かったが、何とか形になったんだ。さあ、乗って!」
アスカを前方に座らせると、カケルは舟を湖へ押し出した。
「カケル様!無理はなさらないように!」
シュウが、そう言って見送った。
二人の乗った舟は、静かな湖面を滑るように進んでいく。湖を横切り、反対側の崖面までたどり着くのにそれほど時間が掛からなかった。
「確かに、ここから里へ入るのは無理だな。」
カケルは、崖を見上げて言った。アスカは、カケルが気晴らしに舟を出したとばかり思っていたのだが、周囲の様子を探るのを見て、寂しい気持ちになった。アスカの胸の中には、伊津姫を救うことなど忘れ、この地で穏やかに暮らしたいという気持ちが生まれ始めていたのだった。
カケルは、舟の向きを変え、東のほうへ進めた。湖へ流れ込む、白川と黒川の合流地点へ向かったのだった。このあたりは高い崖はなく、比較的平地も見える。しかし、その南には更に高い山が聳えている。
「あの山を越えては来ないだろうな・・・」
そう言って、今度は、西の谷のほうへ舟を向けた。
「やはり、立野あたりが一番入りやすいようだ。・・・」
じっと立野の峠辺りを見ているカケルに向かって、アスカは言った。
「やはり、伊津姫様が心配なのですね・・・。」
カケルは、アスカの言葉の本当の意味に気づくことなく答えた。
「ああ、悪人どもに囚われているんだ。きっと心細いに違いない。一日も早くお救いしたい。」
その言葉に、アスカは思わず涙が零れた。

岩戸渓谷4.jpg
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苦楽賢人

3-2のあと、3が抜けているの事に気づき、加えました。ここまで、お読みいただいた方には恐縮ですが、結構、良いシーンなので・・お読みくださると幸いです。

最近、読者が減っている・・最初から多くはないけど・・それでも懲りずに、話を進めています。

よろしくお願いいたします。
by 苦楽賢人 (2011-09-06 13:03) 

シラネアオイ

こんにちは!毎回楽しみに読ませていただいています!!
雨の予報御心配頂き有難うございます、当地雨は降って居ますが、予報より少なく胸を撫ぜ降ろしています!!
by シラネアオイ (2011-09-06 14:31) 

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