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3-2-12 侵入者 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

12. 侵入者
湖を東へ上り、黒川を遡った。黒川の畔から、さらに、水路が繋がっていて、大里に入れた。
大里に着くと、アスカは里の者の手によって、社に運ばれた。カケルは何度も声を掛けたが、アスカは目を覚まさなかった。女達が集まって、相談し、社の奥の部屋に寝かされ、看病する事になった。
「足の傷がひどく腫上がっております。まずは、傷の熱を取ります。」
里の巫女が、カケルに話した。
「目を覚ますでしょうか?」
カケルは、心配そうな顔で訊いた。
「足の傷は、じきに癒えるでしょうが・・・随分、疲れていらしたようですね。体力が戻るのにはかなり時が掛かるでしょう。・・私達が、一生懸命お世話いたします。」
巫女らしき女性はそう言うと、奥の部屋へ入って行った。

社の広間には、大主タツルのほか、里の主達も数名集まっていた。カケルが広間に入ると、タツルが手招きをして、隣に座らせた。
「カケルが無事に戻った。・・喜ばしい事だが、我が一族には困った事態だ。・・立野の峠を越え、敵が入り込む事が出来るという事なのだからな。カケル、様子を聞かせてくれ。」
カケルは、立野から瀬田まで下るのは容易いが、登って来るにはかなり難しい事、しかし、道を作る事は大人数を使えば容易い事、瀬田の平原にはまだ敵は現れていないこと等を話した。
皆、カケルの話を食い入るような目つきで聞いていた。
「さて、どうするか。」
大主タツルは、ため息を吐きながら言った。
「備えをして下さい。・・どれほどの敵かは判りませぬが、備えるに越した事は無い。」
カケルの呼び掛けにも、主達は沈黙したままだった。
「急ぐ事もなかろう。・・たとえ、今、瀬田に軍がいたとしても、ここへ到達するのはまだ先のことだ。」
「そんな悠長な事では・・・。」
「いや、もうすぐ冬になる。雪がちらつき始めれば、とても立野まで来れるものではない。我らとて、あそこには近づけぬのだ。・・阿蘇の冬は厳しい。大里辺りはまだ良いが、少し山手に入れば深い雪に閉ざされてしまうのだ。」
カケルは落胆した。やはり、阿蘇一族は動こうとはしない。この先、冬を向かえ、峠が越えられないとすれば、伊津姫を救えるのは、さらに先のことになってしまう。
「それよりも、カケルが留守の間に、男が一人、里に紛れ込んできたのだ。歯向かうことは無かったので、捕らえて牢に閉じ込めてある。ウスキの者だと言うが、信用できぬ。カケルが検分すれば良かろうと置いてある。」
「ウスキの者?名は?」
「いや、それが・・何も喋らずにいるのだ。おい、連れて来い。」
主の一人が、荒縄で縛ったその男を連れてきた。
「あなたは・・イノヒコ様?」
「カケル様、ご無事で・・・。」
捕らえられていたのは、イノヒコであった。
「やはり、知り合いだったか・・・手荒な真似をして済まなかった。おい、縄を解け。」
イノヒコは、カケルの前に跪いた。
「お体、大丈夫ですか?」
カケルは心配そうに訊いた。
「私のことより、伊津姫様の事をお知らせに参りました。・・・姫様は、ラシャ王の将、サンウの率いる軍の中に居られます。輿に乗せられ、白川をこちらへ向かっておられます。」
「お元気か?」
「ええ・・エン様もお傍に。兵に紛れておいでです。どうにか助け出す機会を伺っておられますが・・さすがに大軍の中では、どうにも動けませぬ。」
「そうか・・・どれほどの大軍なのだ?」
「ざっと千人ほど。行く先々で、集落を襲い、捕らえた男たちを兵にして、数を増やしながら進んで居るようです。・・・統率は取れているとは言えませんが・・何せ、数が多く、おかしな動きをするとすぐに見つかり殺されるようです。」
千人と聞いて、大主タツルも、他の主達も、驚き、言葉を失った。
「それから・・・怪しい黒服の男が、阿蘇の中をうろついているのを見ました。・・宵闇に紛れて、里へ入り込んでいるようです。」
大主達は更に驚いた。
「主達が、それぞれの里を守っておる。そのような事が・・・。」
「相当に鍛えられた者のようでした。今も、里の中にいるはずです。・・夜になれば、里を抜けるはずです。・・おそらく、ラシャ王と関係のある者だと思います。」
「一人か?」
「さあ・・判りませぬ。ここの様子を探るためであれば、ただ一人とは限りません。・・」
「どこから来たのだ?」
「北から入るのは無理でしょうから、おそらく南からでしょう。クンマから五ヶ瀬を抜けてきたのではないでしょうか。・・私も、ウスキから御成山を抜けて参りました。・・南は、高い山はありますが、道も多く、何処からでも入れます。」
南には、阿蘇の御山が噴出す毒気があり、長い間、阿蘇一族は近づかなかった。入り込む道など無いものと信じていた。しかし、イノヒコの話から、外敵が押し寄せてくるという事が、実感として判り始め、主達も動揺した。
「里に紛れている男は、私が追います。おそらく、ラシャ王の元へ案内してくれるでしょうから。・・・他にも里に紛れている者が居るかもしれません。警戒してください。」
「大主様、いかがしましょう?」
主たちは、これまでにない不安で、大主に訊いた。
「うろたえる事は無い。冬が訪れるまでに、それぞれの里の守りを固めるのだ。里の者を動揺させぬよう注意せよ。見張りを強め、見慣れぬ者は捕え、すぐにここへ連れて来るのだ。よいな。・・それから、シュウよ、西の谷の守りは重要だ。カケル様の手も借りるのだ。」
カケルは、シュウの顔を見て、強く頷いた。
「カケル様、よろしくお願いいたします。我らは、長い間、この地に居て、本当の戦を知りませぬ。いざとなれば、命を投げ出す覚悟はありますが。無駄に命を落とす事は避けねばなりません。どうか、力をお貸し下さい。」
大主タツルは、カケルに頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げてから加えた。
「その前に、カケル様はアスカ様のご心配をされるが良いでしょう。・・・随分と無理をされたようですから・・・か弱きおなごの身、もっと労わっておやりなさい。」
里の主たちは、それぞれの里へ戻っていった。シュウも、カケルよりも一足先に西の谷に戻り、冬支度と並行して、守りを固めた。

丸木舟.jpg
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