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3-2-13 アスカの涙 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

13. アスカの涙
カケルは、広間を立ち、アスカが寝かされている、社の奥の部屋へ行った。
アスカは、里の女たちの手厚い看護を受けていた。カケルが部屋に入ると、女たちはそっと部屋を出た。怪我をした足首には、薬草が貼られていた。アスカは静かに眠っている。
「アスカ、済まなかった・・・気づかずに無理をさせた。済まない。」
カケルはそう言うと、アスカの傍らに座り込み、すっと手を握った。よく見ると、足首の怪我だけではない、腕にも無数の小さな切り傷や打ち身で黒くなった跡もあちこちにあった。白く細い腕が、今は、黒く晴れている様でもあった。ずっと傍に居ながら、いや、傍に居るのが当たり前になっていて、アスカの事を気にかけることがなかった自分を戒めた。泣き言の一つも言わず、じっと傍にいたアスカを愛おしいと思う気持ちが沸々と湧いてきて、涙が溢れてきた。
「済まなかった・・アスカ・・・許してくれ・・」
カケルはそう言うと、ぐっと力を込めてアスカの手を握った。
「カ・・ケ・・ル・・様・・・」
か細い声がアスカの口から漏れたようだった。カケルは驚いて、アスカの顔を覗きこんだ。
アスカはまだ目を開けていなかった。どうやら、夢でも見ているのだろう。
カケルはしばらくアスカの傍にいたが、女たちが「目を覚ましたらお呼びしますから」と言うので、静かに部屋を出た。
広間に戻ると、大主タツルとイノヒコが待っていた。
「カケル様、アスカ様はいかがですか?」
イノヒコは心配そうな顔でカケルに訊いた。
「ああ、まだ目を覚まさない。随分と無理をさせてしまったようだ・・。」
「まあ、しばらくは目を覚まさないだろう・・女たちにしっかり看病させよう。大丈夫だよ、きっと。・・それより、これからどうすればよいか、カケル様の考えをお聞かせいただこう。」
「・・・そうですね・・・まずは、守りを強めておく事でしょう。どれほどの敵か、未だわからないことが多すぎます。出来れば、敵の近くで様子を探る事が出来れば良いのですが・・」
「それは、私のお役としましょう。夜にも、里から抜け出る者がいるはずです。私は、その者を追って行きます。そうすれば、敵の本隊に着くでしょう。・・エン様ともお会い出来るかもしれません。阿蘇にカケル様が居られる事もお伝えします。さすれば、エン様、伊津姫様も心強く思われるはずです。」
イノヒコの言葉に、カケルは頷いた。カケルは、大主タツルに向かって、
「敵が千を越える大軍となると、真正面からぶつかっても太刀打ちできぬでしょう。・・地の利を活かして、戦いに備える事が第一です。・・それに・・」
カケルはそこまで言いかけて、言葉に詰まった。大主タツルはそれが何か判った。
「戦は避けたいのであろう。・・伊津姫様を敵から取り戻すまでは、大きな戦を避けたい・・そういうことだな。」
「はい・・・しかし、その為に何が出来るか・・今は何も思い浮かびません。」
「そうか・・・まあ、今日明日の事ではない。おそらく早くても、春を迎える頃になるだろう。・・そなたの目で、阿蘇をもっとよく見てもらいたい。ここは、ウスキや八代とは違う。御山もある。・・そうだ・・毒気のある南の里へ引き込むという事もあるだろう。まあ、じっくり、考えてみようじゃないか。」
「はい。」
イノヒコは、夕刻には、社を離れ、怪しき男の姿を探しに出かけた。
カケルは、広間に残り、敵に備える手立てを思案しながら、アスカが目覚めるのを待った。
翌日の昼ごろだった。奥の部屋から女が出てきた。
「アスカ様が目を覚まされました!」
その声に、カケルは飛び上がり、一目散に奥の部屋に入った。
アスカは、ぼんやりした視線で天井を見ていた。自分がどこに居るのかわからずと惑っているようだった。
「アスカ、目が覚めたか?」
カケルは駆け寄り、手を握った。その声にアスカは顔を動かし、カケルを見た。ようやく自分が怪我をし、気を失ってここへ運び込まれた事を理解した。そして、カケルに心配をかけてしまったことを悔いた。
「ごめんなさい・・カケル様・・こんな無様な事になってしまって・・本当にごめんなさい。」
アスカは、そういうと大粒の涙を零した。
「何を言うのだ・・私こそ、お前の怪我に・・いや、お前の事をもっと気遣っていれば、これほど辛い目に遭わせずに済んだのだ。すべて私のせいなのだ。許してくれ、アスカ。」
二人は涙を流し、抱き合い、労わりあった。
「もう、大丈夫でしょう。足の怪我が癒えるのには、もう少し時がかかるでしょうが、お体はもう大丈夫でしょう。」
巫女らしき女がそう言うと、周りに居た女たちに、部屋を出るように指図した。

奥の部屋にはカケルとアスカ、二人になった。
二人は、しばらく言葉が無かった。目を覚まし回復したアスカに安堵したカケルと、この事態でカケルの足手まといとなったアスカは、それぞれの思いを持ったまま、沈黙していた。開き窓から、外で遊ぶ子どもの声が響いていた。
「子どもたちは無邪気に遊んでいるな・・・」
カケルが沈黙を破るように言った。
「ええ・・・私がカケル様にお会いしたのも、あれくらい無邪気な子どもの頃でしたね。」
「ああ・・だが、お前は無邪気に笑うような娘ではなかった。塩焼小屋で、私はお前に睨みつけられたんだ。覚えているかい?」
「・・えっ?睨みつけてなんかいません。突然、勇者様が現れ、どうしてよいか判らず、恥ずかしくて、呆然としていたのですよ。」
「いや、どう見ても私を睨んだ。お前は嫌いだから、ここへは来るなと言いたげだった。」
「そんな事ありません。お会いできただけで天にも昇る気持ちでした。・・さっき、目覚める前に、夢を見ていました。・・モシオの里で、カケル様が私を迎えにきてくださった頃の夢を・・・高い物見櫓に居る私に、遠くから手を振り、大声で名を呼んで・・私、嬉しくて嬉しくて・・カケル様って叫ぼうとしたら目が覚めたんです。」
「そうか・・」
カケルは、そう話すアスカの顔をじっと見つめ、先ほどの気持ちが沸々と湧き上がってくるのが判った。そして、カケルは胸の中からは、秘めてきたものを吐き出すように言った。
「アスカ、今、私はそなたが愛しい。愛しくてたまらぬのだ。ずっと傍に居るのが当然のようになっていたが・・・これからは、決して、無理はさせぬ。お前を守る。だから、これからも私とともに居てほしい。」
アスカの目からはまた大粒の涙がぽろぽろと零れ始めた。そして、アスカはカケルに強く抱きついた。

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