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1.事故 [時間の迷子]

1.事故
何時からだろう、自分に特別な力があるのを知ったのは・・・。
最初に気付いたのは、小学2年生の時だった。その日は、社会科見学で、隣町の飲料メーカーの工場見学のために、学年全体で観光バスに分乗して向かう日だった。
前日、夜半からの雨は朝にはあがっていた。僕らは、観光バスにクラスごとに分かれて乗った。学校を出発して、しばらくは、皆、先生の言う事を素直に聞き、大人しくしていた。だがものの30分もすれば、バスの中は大騒ぎ。喧嘩を始める奴もいれば、早々におやつを食べ出す奴、僕は何だかとても眠くて仕方なかった。
目的地に行くには、大峠と呼ぶ九十九折の山道を越える事になる。その頃はまだ、道幅も狭く、舗装はしてあるのだが、ガードレールなど無く、深い谷に貼りつくようにゆっくりとバスは進んだ。前日夜半から雨が降っていたのだが、朝にはすっかり上がっていて、高い山並や深い谷もしっかり見えた。深い谷底が窓から見えたとき、僕は眠気がすっかり消し飛んでしまった。
バスは何度かカーブを曲がりながら、山道を進んでいった。峠の中ほどに達した時だった、前方から、山から切り出した木材を満載にしたトラックが降りて来た。狭い道幅、路肩は雨で緩んでいる。バスの運転手は慎重にハンドルを切りながら、路肩にバスを寄せた。ようやくすれ違うほどの道幅しかない。木材を満載にしたトラックは、ゆっくりとバスの横を通過する。先ほどまで騒いでいた同級生達は、すっかり静まって、トラックがすれすれに通過するのをじっと見入っていた。
トラックの車体がバスの後部を通り抜けた時、何だか、二人の運転手の妙技を見せられたようで、思わず拍手が沸いた。だが、まだ終わっていなかった。
トラックには、切り出した木材が荷台の後方からはみ出すように積まれていて、すれ違ったトラックは次のカーブのためにハンドルを切った時、バスの後部と接触したのだ。ガツンという音と後ろの窓が割れる音、そして、同級生の悲鳴が車内に広がった。慌てたのは、バスの運転手だった。予想外の出来事に、運転手はアクセルを踏み、バスを先へ進めようとした。しかし、緩んだ路肩にタイヤが滑る。ハンドルの切り方が強かったせいか、ずるっという衝撃が走ると、バスが制御を失った。左の斜面に一度、車体をぶつけると、そのまま反対側へバスが揺られる。運転手が慌てて左へハンドルを切ると、今度は後ろが左へ流れた。そして、そのまま、バスは斜面にすべり落ちたのだ。
何が起きたのか、最初はわからなかった。だが、確実にバスが崖を落ちていく事だけは判った。そのうちに、車体は横倒しになる。崖に生えている木々をなぎ倒し、落ちる。バスの中は、持っていた荷物が飛び、同級生たちもすでに座席には座っていない。どういう姿勢なのか、無重力のような状態のまま、僕達はごろごろと転げまわるように車内に投げ出された。悲鳴のような怒号のような轟音の中に僕らは居た。バスは、おそらく2回ほど回転しただろう。もう座席が取れ、窓も割れている。
その様子を僕はスローモーションで見ていた。そう感じたのではない。確かに、自分だけ、ゆっくりとした時間の中に居たのだ。同級生達は、あちこちにぶつかり、挟まれ、恐ろしい形相だった。それを僕は宙に浮いたまま、ぼんやりと眺めていた。
そして、ついに、バスが谷底に達した時、ゆっくりとバスの車体は変形し、岩が窓を突き破り、同級生の何人かはそこに挟まれた。飛び散った荷物や外れた座席に挟まれる者も居た。真っ赤な血が飛び散るのも見えた。全てがスローモーションだった。
僕は、ゆっくりと足を着いて、その場に立った。途端に、時間が元に戻った。


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