SSブログ

4.倒壊 [時間の迷子]

4.倒壊事故
バリバリという轟音とともに、マンションの建設現場から、「危ない!逃げろ!」という怒号が響いてきた。見あげると、大きなクレーンが傾いて倒れ始めている。最初はゆっくり傾いたようだったが、バランスが崩れ始めると一気に、太い鉄の塊がギュウンとかギイーンとか、擬音にするにはどう表現すれば良いのか判らない音を立てて落ちてくる。
僕は落下地点より手前にいて、安全だとわかったが、視線の先、ちょうどクレーンが地面に叩きつけられるであろう場所には、こともあろうに、近くの保育園の子ども達が集団であるいている。日曜日なのに、仕事を持つ親が多いのか、休日保育をやっているのだ。付き添っている若い保母さん(保育士さん?)は、空を見上げて固まっている。落下するものの巨大さに自分が置かれた状況を認識できないのか、子ども達とともに空を見上げて動けないようだった。
僕は、わあっと声を出した。
とにかく、何とかしなくちゃという思いだけだった。するとどうだ。目の前の光景が一変した。全てのものが止まっている。時間が止まっているのだ。
小学生の時の体験は、スローモーションだったが、今度は完全にストップモーションなのだ。僕は冷静に状況を把握した。とにかく、目の前の子ども達を安全な場所に移動させる事を優先した。止まった時間がいつ流れ始めるか見当がつかない。
とにかく、自転車を放り出して、落下地点に居る子ども達をひとりづつ抱え、反対側の舗道に連れていった。時間が止まった状態の人体は、石のように固まっていて、幼い子どもは軽々と脇に抱えられた。一通り子どもを動かした後、保母さんを何とかしようとした。しかし、僕と同じ体格で、簡単には抱える事ができない、あらぬところに手が行くのも、さすがに思春期の僕には恥ずかしかった。とにかく少しでも遠くへと考え、えいと彼女のお腹辺りに腕を回して引っ張った。意外と見た目より軽くて、二人一緒になって、植え込みに転がった。その途端、時間が動きはじめた。あっという間に、クレーンは地面に落下し、ドカンという轟音と、隣家や駐車車両、看板、そこいらにあるものを全て破壊しつくすバリバリと言う音が響き、土埃が舞い上がった。

しばらく、誰も動けない状態だった。ようやく、辺りが静まった時、植え込みに転がった保母さんが気がついた。そして、僕が傍に倒れている事などお構いなしに、連れていた園児の姿を泣き喚きながら探し始めた。
園児達は、僕が反対側の舗道に横たえていたので、皆、無事だった。
「先生!」と叫んでいる子も居た。保母さんは園児達を見つけると、走り寄って行った。
僕は、とりあえず皆が無事なのを確認し、すぐに学校へ向かった。もう、模試が始まる時間だ。校門に着くと、担当の教師が、皆、外に出ていた。先ほどのクレーン倒壊事故の音は、学校にも聞こえ、パトカーや救急車のサイレンが響き渡る状態に驚いて飛び出してきたのだろう。僕は、教師の脇をすり抜けて、教室へ向かった。
「1時間ほど、開始時間遅れるんだってさ。」
隣の席の奴がそう言って、突っ伏して寝ている。そうか、そういうメリットもあったんだな。
その日の模試は、散々だった。まあ、勉強なんてして無いから当然なんだが、それよりも、不思議な力の存在を改めて確認した事で、模試の間中、その事ばかりが頭を過ったのも大きかった。家に戻ってから、テレビをつけると、朝の事故のニュースが流れていた。幸い怪我人が無かったのが奇跡だと報じている。僕がやった事等、何も報じられてはいなかった。

nice!(9)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 9

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0