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6.確認 [時間の迷子]

6.確認
「やっぱり、特別な力があるんだ。」
僕は確信した。そして、あの時と同じように、両手を握りわあと声を出してみた。しかし、何も起きなかった。
「やっぱり目の前に何か起きないと無理なのかな?」
いや、そうじゃなかった。たった一人、アパートの部屋では時間が止まっているかどうかなんて分かりはしないだけだった。僕一人、周りには何もない。普段だって、時間は止まっているようなものだった。
止まっている時間に気づかず、水を飲もうと立ち上がってようやく気づいた。部屋の時計が止まっている。締りの悪い水道の蛇口から落ちる水滴も空中に停止している。僕は驚いた。やはり、「時間を止める力」があるんだ。ふうとため息を着くと、急に時間が動き始め、静寂が破られ、時計の秒針がコチコチと音を立てる。普段なら、ほとんど気にならないはずの音が大きく、部屋中に響いていた。

人間というものは・・いや、それから数日間は、自分の幼稚さを痛感することになる。
力が使えると知ってから、時々、面白半分に時間を止めるようになった。もちろん、変なことをしようというのではない。そこまで僕は愚かではなかった。
例えば、花屋の店先を通り過ぎたとき、花屋の店員が大きなランの鉢を抱えて出てきたところで、足元のホースに足を取られて転びそうになった。彼女は、鉢を放り出してしまった。そのままでは、おそらく高価な鉢は落下し、売り物にならなくなる。彼女は、バイト代から代金を差し引かれ辛い思いをすることになるだろう。その時、僕は時間を止めた。そして、彼女が放り出したランの鉢を、しっかり抱えて時間を戻す。当然、彼女は転んだが、鉢は無事だ。何が蒼きたのか分からぬまま、彼女は起き上がって、僕が抱えている鉢を受け取る。
「ありがとうございます、なんてお礼をしたらよいか・・」
この先、彼女が僕に好意をもって、恋が始まる・・なんて具合にはいかない。すぐに、奥から店主がかけてくる。
「すみません、大丈夫ですか?こいつ、しょっちゅうなんです。そそっかしいんだから、気を付けなさい。」
アルバイトの店員と思ったのは、店主の奥様だったのだ。僕は、その光景を羨ましく見ながら、「急いでるので・・」などと理由にもならない理由でその場を立ち去った。
そういう小さな人助けが、意外に面白かった。
アルバイト先の店でも、バイト仲間の女の子が、飲み物を運ぶ途中で転びそうになるのを止めたり、客がふざけて女の子を辛かったりするのを、時間を止めてあらぬ方向に向きを変えてやったりして驚かせた。
人助けとちょっと驚く姿が見たくて、力をちょいちょい使うようになった。

大学の卒業が近づいた。帰郷を考え、地元の企業の面接設けたが、不況のさなかで、無名の大学卒業ではさすがに簡単に内定などもらえそうになかった。大学の就職斡旋情報から、近くの中小企業になんとか採用してもらえた。卒業までの間は、ほぼアルバイトの毎日だった。就職すれば、そう簡単に休みも取れないだろう。学生時代の特権として、バイト代を貯めで、旅行に出ることにした。すぐに金も貯まった。旅行といっても特に行きたいところがあるわけではない。今の暮らしの中では、ほぼ毎日決まった場所にしかいかない。すると、力を使う場面も当然限られてくる。せっかくの“ちから”なのだ。もっと、違う場所、違う場面で有効に使っても良いのではないか。そう考えて、貯金をはたいて、オートバイを買い、大きなバッグに必要なものをまとめ、寝袋も括りつけて、旅に出ることにした。

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