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7.旅の途中 [時間の迷子]

7.旅の途中で
とりあえず、国道1号線を西へ、そして大阪から国道2号線で山陽方面へ出た。
途中、何度か事故の場面に遭遇し、“ちから”を使って人命救助した。川に流される人も見つけて、助け上げた。危ない人たちに絡まれている人を見つけて、逃がしてあげたこともあった。
しかし、僕は満足できなかった。結局、場所は違っても、やってることは一緒だった。
福井の東尋坊を訪れた時だった。夕暮れ近くになって、観光客が減り始めた頃、ひとりの女性が、絶壁の先に立っている。「自殺願望でもあるのか?」などと、遠目に様子を伺っていると、案の定、その女性が柵を乗り越えた。咄嗟に“ちから”を使った。作の向こう側から女性を連れ戻し、ベンチに横たえた時だった。
「やめて」
誰かのささやくような声が聞こえた。まだ、時間は止まったままのはずだった。辺りを見回したが、すべてのものは停止している。聞き違いだろうと思い、時間を戻した。
女性は、確実に身を投げたと思っていたようで、ベンチに横たわる自分に驚いている。そして、自殺しようとしたことを悔いたのか、その場に泣き崩れた。しばらくすると、地元の自殺防止のためのボランティアらしき人が気づいて、その女性を慰め,連れていった。

僕は、バイクを走らせ、北陸をしばらく北へ進み、途中、長野へ入った。旅にでてから、ほとんど、駅か神社あたりで寝袋で夜を過ごしていたのだが、週に一度だけは、小さな宿に泊まった。洗濯や風呂の為だ。長野は温泉が多く、高級旅館も多いけれど、湯治のための安い民宿もある。その日は、鄙びた温泉の外れにある小さな民宿に泊まることにした。とりあえず、洗濯ができ風呂に入れて、静かに眠れれば良かった。
明け方、寒さで目覚めた。ふと、外を見ると、雨が降っている。もうひと寝入りしようと布団の中にもぐりこんだ時、あの声が聞こえた。
「やめなさい。」
今度は、確かに女性の声だとわかった。それも、若い女性だ。部屋の中には僕一人しか居ない。寝ぼけて、何かの音を聞き違えたのではない。上手く表現できないが、その声は、何か隙間のような処から漏れるように聞こえたのだ。
普通なら、幽霊とか心霊現象の類かと思うのだろうが、僕には特別な“チカラ”がある。おそらく、声はその“チカラ”と関係があるのだろうと考えた。
朝食を終え、気分転換のために、湯治場で朝風呂を楽しむ事にした。
季節はずれなのか、湯治客の姿はなく、露天風呂には僕一人だった。
湯船に浸かり、声の事を考えた。何かを忠告してくれているのは確かだ。止めておけというのは、きっと“チカラ”を使うなと言うことなのだろう。一体、誰なのか、そして何処から話しかけているのだろう。僕の“チカラ”をどうやって知ったのだろう。そんなことを考えながら、ぼんやりと景色を見ていると、向かいの山の中に、人がいるのが見えた。長く少しウェイブの掛かった黒髪、黒いワンピースを着ている。
雨が降る山中にふさわしくない格好で、じっとこっちを見ている。僕は、あれが声の主だと直感した。僕は、あわてて風呂を出て、着替えを済ませて、旅館を飛び出した。そして、女性を見た場所を目指して、歩いた。
渓流を渡り、斜面の小路を登った。雪に足を取られ思うように進めなかったが、女性がいた場所にどうにか辿りついた。しかし、そこに女性の姿は無かった。いや、姿だけじゃない、足跡すら残っていない。僕は女性を見たときの様子を思い出そうとしたが、何故だかぼんやりとしか思い出せない。何かの見間違いだったかと諦めかけた時、また声が聞こえた。今度は、今までよりもはっきり聞こえた。

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