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8.忠告 [時間の迷子]

8.忠告
「もう戻れないみたいね。残念。」
女性の声は、近くで聞こえた。振り返ると、そこに彼女が居た。
遠目で見た彼女に間違いなかった。しかし、薄いワンピース1枚で山の中にぽつんと立っている。つい、足元を見てみた。彼女は裸足だった。そして、地面に足が着いていない。空中に浮いているのだ。オカルトの類としか思えなかった。自縛霊とか、自殺者の霊とか、物の怪とか、いろんな言葉が頭の中を過ぎった。
「私は貴方と同じ。もうすぐに判るわ。」
彼女はそう言うと、いきなり姿を消した。遠ざかったのではなく、突然、そう、テレビの画像がスイッチを切って消えるように、目の前から消えた。
辺りを見回してみたが、何も発見できず、仕方なく旅館に戻った。

明け方からの雨は、ほとんど止みかけていた。僕は荷物をまとめて、バイクを走らせる。目的の場所があるわけではなかったが、何となく、南へ走りたいと感じた。いくつかの峠を抜け、何度もカーブを切りながら、とにかく南へ向かった。日暮れごろに、目の前に静かな湖が見えてきた。浜名湖らしい。バイクを停めた場所に、何故か判らないが富士山の絵の看板があった。
浜名湖から富士山って随分あるだろう?そんな事を思いながら、一度富士山を見てみるのもいいなと考え、すぐに国道1号線を東へ出た。
右手に太平洋を見ながら、バイクを走らせる。今日は、富士川のほとりで野宿にしよう。そう考え、バイクを停めた。
広い川岸の中に公園があって、子どもの遊び場も作られた場所があった。ちょうど良い具合に、小高い山とその下にヒューム管を通したトンネル。今日はここで寝よう。意外に心地よく眠る事ができた。・・はずだった。
真夜中だった。遠くから、バイクの爆音が聞こえてきた。ああ、鬱陶しい「暴走族」だ。ここへ来なけりゃ良いなと思っていたが、意に反して、そいつらはこっちへやってきた。だが、少し様子が違う。バイクの集団は、どうやら国道に沿って走り去ったようだ。公園に来たのは、バイクが2,3台というところか。暴走族の一部でも分かれてきたのか?寝袋のチャックを開け、すぐにでも逃げられる準備をして、外の様子を伺っていると、どうやら男が3人ほど、女の子を一人連れているようだった。・・うん・・つれていると言うか、拉致してきたと言う表現が正しいのかもしれない。女の子はかなり怯えているようだった。紛れも無く、男たちは女の子に乱暴しようという感じがはっきりと判った。
「・・仕方ないか・・。」僕はそう呟くと、両手を握り、ハッと声を出した。
時間が止まった。僕は、トンネルから這い出ると、男たちに押さえ込まれている女の子を見てから、男たちを一人ずつ、川面まで運んだ。出来るだけ深いところまで運んで、一人ずつうつ伏せにしてやった。これで時間が動き始めると、流れに驚くだろう。それから、女の子を寝ていたトンネルの中に運んで寝かせた。しばらく気がつかなくても、まあ安全だろう。
「もう戻れないわね。」
また、あの声が聞こえた。宵闇の中、彼女が何処に居るのか見つける事は出来なかった。僕は探すのを諦めた。見つけてどうしようというのか。時間を止めるたびに現れては、何か悲しげに呟いて、消えていく。どうせ、良い知らせではないのだろう。自分自身も、彼女が言いたいことが、ぼんやりと判ってきていた。
深夜、僕はバイクを走らせた。何だか、明け方までに富士山が見えるところに行かなくてはいけないという切迫感を強く感じていたのだ。

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