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9.迷子 [時間の迷子]

9、迷子
バイクを走らせながら「富士山の懐深くに入らねばいけない」何故だか、そう思い込んでいた。西富士道路を北へ登った。そして、脇道へ入り、樹海の入り口に立った時、ちょうど朝日が昇った。
「来たのね。」
やっぱり彼女の声が聞こえた。
「ああ、来たよ。ここへ来なくちゃいけないんだろう。」
そう応えたら、樹海の森の奥から、驚くほどのスピードで、彼女は現れた。走ってきたのではなく、ひゅうっと風が吹くごとく現れた。
すると、周囲の音が止まった。はっきりとは判らないが、時間が止まっているようだった。
「君は誰だい?」
「誰かしら?もう、名前なんて忘れたわ。でも貴方と同じよ。」
「何が同じなんだい?」
そう問いかけたが、彼女は何も言わず、目の前から消えた。
目の前の風景が、歪んだように見えた。そして、僕の体も歪んで、徐々に消えていった。

「自殺らしいよ・・・でも、遺体は見つかって無いんだって。」
葬儀場から出てきた女の子たちが、ひそひそ声で話した。

僕は死んだのか?いや、そうじゃない。ここに居る、ここに居るんだよ。僕は自分の葬儀を見ていた。

卒業を目前に、就職先の心配をした母が、大学近くのアパートに訪ねて来たが、部屋に居ない事で心配して、方々を探したらしい。3月の卒業まで姿を見せず、連絡も取れないことから、警察に届けて、捜索が始まって、富士の樹海近くに乗り捨てられていたバイクが見つかったのは、翌年の夏だったそうだ。状況から、樹海に入って自殺したのだろうという事になり、結局、3年行方不明という事で、死亡とされたのだった。葬儀といっても、空の棺があるだけ。寂しいものだった。

そう、富士の樹海で、彼女に出会った後、僕はこの世から姿を消した。死んだわけではない。時間の迷子になったのだ。

時間を止める力、それは、自分だけ、皆と違う時間軸に移るという事。二つの軸を行ったり来たりしていただけなのだ。だが、もう一つの軸は本来存在してはいけないもの。時間の歪みみたいなものなのだ。そこへ入り込むと、ゆっくりした時間の流れだったり、止まっていたり、時には逆に動いていたりする。僕は、偶然にも、止まっている時間の歪みだけに移っていた。だが、樹海で彼女を見つけた後、絡んだ時間軸に吸い込まれてしまったのだ。
今、僕は、途轍もなく早く過ぎる時間軸に居る。この時間軸に居る時は動いてはいけない。できるだけ、何も無い場所にいる事、でないと、いろんな物にぶつかってしまうのだ。少し前には、逆に進む時間軸にいて、目の前に恐竜が現れて肝を冷やした。だが、やっぱり一番居心地のいいのは、ゆっくりした時間軸だった。
この歪んだ時間軸には、僕独り居るわけじゃない。余り出逢う事は無いのだが、どうやら随分たくさんの人がいるようだった。武士の装束をした人や、子どもの時に教科書で見た毛皮を着た原始人みたいな人もいる。とにかく、遥か昔から、時間の迷子になっている人はたくさん居るようだった。そうそう、時々、そうした人が写真に撮られることがあるようだ。そう、夏のテレビの特番の定番「心霊写真シリーズ」で取り上げられる写真に写っているのは、そういう時間の迷子になってしまった人なのだ。

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