SSブログ

1月 初詣 [歳時記]

1月 初詣
 我が家では、紅白歌合戦が終わると、たくさん着込んで、近くの神明社へ初詣するのが恒例行事になっている。
 もともと、私が故郷に居た頃、親父の発案で始まった事だったが、故郷を離れしばらくは「初詣」とも縁遠かった。しかし、結婚した時、この行事が復活した。
 結婚当初は、もちろん、妻と二人で行ったのだが、子どもが生まれてから、寒さにめげず、眠っているわが子を抱っこしたり、愚図る娘をあやしたり、なんだかんだと20年間続いているのだった。
 今年は、東京の大学に通っている下の娘が成人した。上の娘は、大学を出て少し就職浪人はしたが、何とか就職先も決まり、いよいよ独り立ちする年になった。
 暮れには、下の娘も帰郷していて、大晦日には、例年と同じように、炬燵に入って紅白歌合戦を見て、勝敗が決まる頃には、皆、着替えを始めたのだった。
いつもの神明社は、自宅から歩いて10分ほどのところにある。
用水沿いの暗い道を、娘二人が前を歩き、妻と私はゆっくりとついていく。
何時からだろう、娘たちが私たちの先導をするようになっている。小さな手で私の両手を繋いで歩いたのは、私の記憶の中ではほんの少し前の事のようなのだが、今では、両手はポケットの中に納まってしまっている。
普段は、人影すらない小さな神社なのだが、初詣には丁度良いらしく、毎年、大勢の人が集まってくる。下の鳥居から30段ほどの石段を登り、20メートルほどの敷石を突き当たったところが拝殿になっている。すでに、年も開け、大勢の人が列をなしている。
「もっと早く来ないと駄目ね。」
隣で妻がぼそっと呟いた。遅くなったのは、お前が念入りに化粧してるからだろ!と突っ込みたくなったが、新年から機嫌を損ねるのは得策ではない。私は、「ああ・・」とぼんやりと頷いた。
「あっ、さっちゃんだ。」
下の娘が、列の前のほうに同級生の姿を見つけ、列から離れて、同級生の下へ行った。新年の挨拶をしているのか、久しぶりに遭った友達と笑顔で話をしている。妻も、近所の知り合いを見つけ、お決まりの新年の挨拶をし始めた。
私は、近所づきあいが苦手というか、ほとんどしないので、知り合いも少ない。ぼんやりと列の中に立って、一歩ずつ前進する列について行った。上の娘も、私と同様で、知り合いが居ない様で、隣でぼおっと立っていた。
「来年は来れるかな?」
上の娘がぼそりと言う。春からの仕事は、土日も年末年始もない厳しい職場だとわかっている。就職氷河期といわれる時代、仕事を選ぶ余裕も無かったのだが、何だか寂しそうな表情でいう娘を見て、複雑な心境になった。
私が慰めの言葉でもと思って、口を開こうとしたところで、上の娘も知り合いが見つかったようで、ふいに列を離れていってしまった。

20分ほどして、ようやく拝殿の前に来た。四人並んで、拝礼の作法に従って、「二拝二拍手一拝」。娘たちが幼い内に、この作法を教え込んだのは正解だった。特に、上の娘は、小さい時からきちんとできるからと、大人から褒められる事も多かった。

 そう言えば、先日、妻が何を思ったのか急にこんな事を言った。
「初詣の願かけは、自分の事をお願いしちゃ駄目なんだって。」
藪から棒に何のことだと思ったが、それは置いといて、私は訊いた。
「・・じゃあ、大学に合格しますようにとか、宝くじに当たりますようにとか、そういうのじゃ、駄目ってことかい?」
「ええ、そういうのは、神様は叶えてくれないんだって。」
「でもさ、絵馬なんかにもそう書いてるのは多いだろ?」
「だから!初詣の時だけなのよ。」
何だか、妻は妙に苛立って答えてきた。いかんいかん、このままでは角が出るぞと感じて、少し下手に出て、私は訊いた。
「じゃあ、どんな願掛けがいいのでしょうか?」
妻は、少し不機嫌な表情ながらもこう言った。
「世界平和とか、人類皆兄弟とか、飢餓撲滅とか・・とにかく、自分の幸せじゃなく、人のために、願掛けすれば良いんだって。」
ふうん、そんなもんかね?でも、今時、人類皆兄弟ってちょっと古くないかいと突っ込みたくなったが、まあ聞き流しておこう。

拝礼が終わり、矢印に沿って右の通路に出た。
娘二人は、境内の一角に設えてある「接待所」の文字に向かっている。そう、初詣客に、甘酒やお神酒が振舞われているのだった。娘の後に妻も続いている。娘二人は、甘酒をいただき、妻はお神酒を手にしている。私は下戸で、甘酒も苦手なので、彼女たちの様子を見ながら、売店でお守りの品定めとなった。

「ねえ、もう帰りましょう。寒くなってきたわ。」
妻は、少し酒臭い息で現れた。甘酒のお代わりをしている娘を呼んで、暗い夜道を戻る事にした。

「ねえ、どんな願掛けした?」
下の娘が私に訊いた。
私は、先日の妻の話を思い出しながら、
「・・まあ・・そうだな・・世界平和・・・かな?」
「何それ?変なの!」
上の娘が馬鹿にして言った。
「ねえ、お母さんは?」
妻の答えに私も興味があった。あれだけ、願掛けの薀蓄を披露したのだからさぞかし立派な願掛けに違いない。
「えっ?・・そうね、貴方たちが健康で居られますようにとお願いしたわ。」
妻はさらりと答えた。
「それだけ?」
下の娘が追求する。
「ああ、それと、今年こそ、宝くじに当たりましょうにって。」
なんだよ、それ、言ってた事とぜんぜん違うじゃないか。
「ええ?宝くじに当たったらどうするの?ねえ、少し分けてくれるんでしょ?」
上の娘は、妙に真剣に訊いてくる。下の娘も、
「私、今年も海外旅行したいから100万円くらいちょうだいね。」
と言ってくる。お前たち、おかしいぞ!正月から、馬鹿親子だぞ!と突っ込みたいが、実は私も密かに、「宝くじに当たりますように、出来れば1億円!」と願掛けしたのだった。
「お前達は?」
私が娘たちに訊いた。二人とも、示し合わせたような顔で、声を合わせて言った。
「また、来年もこうして4人で初詣に来れます様に!」


nice!(8)  コメント(1)  トラックバック(0) 

nice! 8

コメント 1

苦楽賢人

年の瀬、今年もあとわずかですね。

年末のあわただしい中、ほっとするような短いお話です。

リアル感を出す為に、設定が我が家と同じになっています。似たような事はありましたが、あくまで創作の世界のお話と思ってください。
by 苦楽賢人 (2011-12-21 12:54) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0