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1月 成人式 [歳時記]

1月 成人式
下の娘が成人式を迎えた。上の娘の時に経験済みとはいえ、やはり、一大イベントである。「一生に一度」と言う言葉に、財布の紐も緩まざるを得ない。何とも、親心を試すようなイベントである。
成人式のイベントは、すでに2年前から始まっている。
高校を卒業すると同時に、地元の貸衣装店や呉服店から、ダイレクトメールが山ほど届き始める。最初は、これほど早く届くので、何かの間違いだろうと思っていたが、どうやらそうではないようだ。一年前には、ほぼ衣装を決めなければ間に合わない。さらに、美容院の予約も同時に埋まってしまうのだそうだ。
上の娘の時は、少しノンビリし過ぎて、途轍もなく大変な時間にしか予約が取れず、夜も明けぬうちから美容院に行き、式が始まることには、娘も疲れはて、衣装も着付けから時間が経過しすぎて、着崩れてしまったのを思い出した。
 下の娘は、そのことを心得ていて、さっさと自分でスケジュールをまとめ、準備に入った。誰に似たのか、こういうことには抜け目がない。
結果、1年前の正月明けには、晴れ着選びとなった。半分くらいは、購入するらしいのだが、滅多に着ることもなく、「もったいないから貸衣装で良いわ」という娘の言葉に、地元の老舗の貸衣装店を選んだ。
そう言えば、この子達の七五三も確か貸衣装だった。街中の老舗の貸衣装店が良いと、ご近所から聞きつけた妻が決めた。その時、「会員になると成人式のお衣装もお安くできますよ」と店員に言われ、会員になった。だが、その店は、5年ほどで廃業してしまって、結局、また新たに店選びとなった。あの時、確か、いくらかの入会金を払ったはずだが、どうなったのだろうと、けちな疑問は湧いていたが、仕方ない。今度の店は大丈夫だろうな・・とちょっと不安になりながらも、上の娘の時に会員になって、毎月積立をしてきた。

衣装選びは、その年の成人式が終わった直後だった。貸していた衣装が戻る頃を見計らって、展示会案内が届いた。
我が家は、昔からこうしたイベントは家族全員参加となる。その日も、朝から家族4人で、貸衣装店に出掛けた。数人の客が居たが、いずれも母娘だった。
「家族全員で来るなんておかしいかな?」
ふと私が妻に訊いたら、「別にいいんじゃない。」と構わないふうだった。娘二人も、何も言わない。
ロビーで待っていると、担当だという年配の女性が現れて、私たちを展示会場へ案内した。狭いエレベーターに家族全員乗り込むと3階まで上がった。静かな会場の数箇所に、親娘連れが既に衣装を選んでいた。会場の中、男性は私一人。少し、身の置き場に困った。華やかな晴れ着が所狭しと並べられ、どれを見ても綺麗だという感想しか持ち合わせず、仕方なく、担当者が用意してくれた座布団に座り込んで、様子を見ることに決めた。
娘二人と妻は、次々に気になる着物を集めてきては、私の目の前の床に広げる。「今年の流行りはこうしたものですよ。」などと担当者も持ってくる。その内、目の前には錦の池が広がった。そこから、一つ一つ、身に合わせ、「着物に負けちゃう」とか「幼なく見える」「花嫁衣裳みたい」などと半ば楽しんでいるふうであった。
さすがにただ待っているのも退屈だなと感じて、私も私のセンスで着物を選んでみることにした。「これなんかいいんじゃないか」と言って数枚を指さすと、妻と娘たちは、ちらっと見るなり、「ダメね」とあっさり却下する。数回、同じようなやりとりがあって、私も意地になってきた。私なりに、下の娘に似合うものをと考え、じっくり選び始めた。面白いもので、よく似ているようで一つ一つ皆、柄が違うのだ。職人の感性というのは凄いものだと感心する。一体、この世の中にどれだけの種類のデザインがあるのだろう。創造力は尽きることはないのだろうか。
2時間かけて、4種類くらいに絞られた。本人が選んだものが2点、妻と上の娘が選んだものが1点、そして、私が選んだものが1点だった。
それぞれ、仮に羽織ってみた。今はデジタルカメラという強い味方がある。それぞれを撮影し、見比べてみることにした。
全体に緑のもの、それからピンク色のものが二つ、そして、藤色のもの。いずれも、甲乙つけがたい・・というか、私にははっきりとどれが良いのか判断できなかった。
「これにする。」
下の娘は、藤色のものに決めたようだった。妻が、そっと値札を見て、ちょっと驚いた表情をした。そして、何か、娘に耳打ちしたようだった。すると下の娘は、緑色の着物も持ち上げて、迷っているようない仕草をした。
「どうしたんだ?その、藤色がいいんじゃないのか?」
私が尋ねると、下の娘は困った顔をして、何か言いたいのに言えない様子だった。妻の表情と娘の仕草から、だいたい予想はついた。私は詳しく聞かず、とぼけた表情で言った。
「良いじゃないか、お前の好きな方で。一生に一回のことなんだから。」
「本当?」
 娘の表情が一気に緩んだ。結局、藤色の着物に決まった。

「あの緑のは、七五三と同じ色あいだったね。」
 妻がボソリと言った。そうだ、思い出した。仏頂面の写真が家にあるのだ。上の娘も、
「そうかあ・・だから、なんだか気になったんだ。」
 下の娘は、はっきりと言った。
「うん、あれを見たときすぐ思い出したわ。朝早く起こされて、髪の毛をお団子にして、とにかく嫌だった。苦しいし、一番嫌だったのは、写真。はい、笑ってって言われたってさあ、もう笑顔なんてできないって・・・。」
 どうやら、七五三にはあまり良い思い出はないようだ。
「確か、あの着物、あなたが選んだんでしょ?まったく、センスがないんだから。」
 妻が、バカにしたような顔で私に言った。
 後で聞いたのだが、藤色の着物はあの中で一番高かったのだ。私が選んだ着物を着させようと妻が私に気を使って娘に迷っている振りをさせたのかと思ったが、そうではなく、値段の安い方にしなさいと言ったのだった。緑の着物をもったのは、ただの偶然。下の娘も私に気を使ったわけでもなかった。

 記念写真は、真夏に撮る。成人式当日は、写真なんて、撮ってる場合じゃないからだそうだ。ご苦労さまです・・ほんと、成人式は大変だ。

 いよいよ、成人式当日。朝から美容院、貸衣装店と回り支度を終えた。式まで時間があるからと、一旦家に戻った娘は、髪を結い上げ、藤色の晴れ着を着ている。化粧もいつもよりぐんと大人っぽく、所作もどこかおしとやかだ。やはり、七五三とは違う。
「あなた、そろそろ出かけましょう。」
 妻が言った。まだ、式まで一時間以上あるぞ?会場は、すぐそばの小学校だろ?そんなに早くに出かけることないだろうに・・などと思ったが、妻には逆らえない。
 マンションの玄関で、記念写真を撮った。玄関で出入りする人から「あら、もう成人なの?おめでとう。」とか「まあ、綺麗になって。」などと挨拶をいただいた。ははあ、これがあるから早く出たんだなと私は納得した。もちろん、娘への祝の言葉だが、それは、私たち親への祝でもある。ここまで娘を育て上げたのだという思いが、ご近所の方の挨拶を受けるたびに湧き上がってくる。そうか、成人式というのは、親の責任を果たしたのだという事を祝う日でもあるんだと、妻の笑顔を見て実感した日であった。

 会場に着くと、娘の同級生たちが沢山集まっていた。
 女の子たちは皆、「私が一番綺麗でしょ」と言わんばかりに晴れ着を見せ合っている。男の子たちは、真面目なスーツ姿が多い中、小さい頃からやんちゃだった一団は、派手な紋付袴で校庭の隅っこに固まって座っている。時折、何か叫び声みたいな奇声を上げては大笑いしている。まったく、男どもは成人してもどうしようもないものなのだ。
 見送りに付いてきた上の娘も、その様子を見て、
「みんな、ちっとも変わってないね。・・・これで成人?」
 などとほざいている。おいおい、お前たちだって、ちっとも変わらないぞ、いや、お前なんか成人して3年も経ってるのに、すねかじりじゃないかと突っ込みたくなった。
「じゃあ、行っておいで。」
 下の娘は、校門に向かってゆっくりと歩き始めたが、ふと立ち止まってから振り返った。
 そして、じっと私たちを見つめて言った。

「お父さん、お母さん、本当にありがとう。」
 なんだよ、急に大人びた顔付きで神妙なことを・・・私は思わず涙をこぼしそうになった。隣にいる妻に悟られたのではないかと、妻を見ると、すでにはらはらと涙を流していた。

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hana2011

こんにちは。
これまでのご訪問、そしてコメントをありがとうございました。
成人式を迎えられたお嬢さんへの、思いがつまった日記ですね。
苦楽賢人さんご一家の仲良しぶりも伝わってきますよ。
三対一の、黒一点の辛さ&大変さも。ププッ
成人式でこれなのですから、娘さんたちの結婚とかになったら!?・・・
それはそれで、大変な楽しみでしょうね。

by hana2011 (2011-12-21 14:32) 

苦楽賢人

hana2011さん、コメントありがとうございます。

いやいや・・・我が家をモチーフにしては居ますが、あくまで、「作り話」とお読みいただけるよう、お願い申し上げます。

まあ、似たようなものですけど・・。
by 苦楽賢人 (2011-12-21 18:20) 

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