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2月 節分 [歳時記]

2月 節分
 また、この季節が来た。
節分といえば、豆まき。袋に付属している小さめの鬼の面をつけて、また豆をぶつけられる日だ。
 最初に、我が家で本格的に豆まきをやったのは、上の娘が2歳になった時だった。
ようやく物事がわかるようになった頃、鬼の面をつけた父親の姿が、本当に怖かったのか、泣きじゃくりながら、真剣に豆を投げつけられた。その後、面をとって素顔を見せても、しばらく怖がって近くに寄ってこようとはしなかった。
 
 下の娘も参戦すると、一気にヒートアップした。
 姉妹で競い合って、枡に入った豆を掴み、鬼を追い回した。もはや、鬼になるのが恐怖と言えるほど、私は・・いや、鬼は真剣に家の中を逃げ回った。部屋は勿論、トイレの中、風呂場にさえも豆が撒き散らされるのだった。
 挙句の果てに、鬼はベランダに追い出され、最後に大きな声で、「鬼は外」で締めくくりになる。ようやく、鬼から解放されると油断をした時、妻がにたりと笑顔を見せ、ベランダのサッシを閉め、ロックをするのだった。2月はまだ、いや、本格的な冬空にしばらく鬼の面を被った間抜けな父が放置されるのだ。何度か、同じ目に遭いながらも、すぐに忘れ、私・・いや鬼は罠にはまるのだった。

 その間に、妻と娘達は部屋中にまき散らかした豆を拾い集める。そして、私がいよいよ意識が遠のくほど冷え切った頃、ようやく鬼から解放され部屋に入れるのだ。
 冷え切った体は、すぐにコタツに滑り込む。亀のように背を丸め、じっとしていると、拾い集めた豆が入った枡がコタツの真ん中に置かれる。そして、一口チョコレートや落花生なども並べられる。

 すると、娘達もコタツに入り込んできて、いよいよ、目の前の者に手を付け始める。そして、必ず、妻が一言言うのだった。
「歳の数だけ、お豆を食べなさい。今年一年健康で過ごせるから。」
 娘達は幼い頃、この一言が随分ショックだったようだ。
 目の前には、枡にこんもりと入った豆があるのに、10粒も食べられないとわかり、がっかりしていたのだった。
 何故、そんな事、決まりでもあるのか?と尋ねると、妻は平然と言った。
「豆は食べ過ぎるとお腹にくるのよ。特に、あの子達は、お腹が弱いからね。」
 妻も子どものころ、母から言われたのだった。そうか、そうか、妻の言葉に納得していた。

 娘達とわいわい騒いだ節分の豆まきも、上の娘が高校生くらいになると、さすがに様変わりしてくる。鬼の面を付けて追い回される事も無くなり、下の娘が、恥じらいを覚えるころには、大きな声で「鬼は外、福は内」と叫ぶ事すらしなくなって、少し寂しい節分となっていった。
 去年は、娘達が二人とも不在となり、妻と二人で静かに豆まきをした。がらんとした娘たちの部屋にも、「鬼は外、福は内」と豆を撒いた。ベランダからも豆を撒いた。「鬼は外、福は内」、私の声だけが寒空に響いていた。

 今年も、娘達は家には居ない。それでも、妻は、毎年、生協で豆を購入して、しっかり準備だけはしているようだった。
 仕事を終え、家に帰り、夕食の後、寛いでいると、妻が「ねえ、豆まきをやりましょう。」と妙な笑顔で切り出した。私は、しかたなく立ち上がり、枡に入った豆を手にしようとしたら、妻が、「ほら、お面があるでしょう?支度して。」とさらに笑顔で言った。
 こんな笑顔の時は、変に聞き返さないほうが無難だ。何か魂胆はあるのだろうが、聞いても答えるはずも無く、機嫌を損ねるだけだ。
 私は、お面を付けた。
「これで良いか?」
「う~ん・・やっぱり、お面だけじゃ物足りないわ。・・」
 私は、娘が幼い頃の豆まきを思い出した。娘が、本物の鬼と勘違いした時は、確か・・・そうだそうだ、真っ赤なセーターを着ていたんだったっけ。
「ちょっと待ってろ。」
 私は、クローゼットに行き、段ボール箱を探した。
 古い洋服をまとめた段ボールの中に、真っ赤なセーターはあった。少しかび臭い感じもしたが、それを着て、妻の前に姿を現した。
「まあ、そのセーター、まだあったの?・・うん、良いわ。本物の鬼みたい。」
 妻は、少し笑いながら、鞄の中から携帯電話を取り出した。
「記念に写真を撮っておきましょう。」
 ちょっと妙な気分だった。なぜなら、お面を着て鬼に扮した写真が、何の記念になるのかと疑問を感じていたからだった。
「さあ、じゃあ、豆まきよ。鬼は外!福は内!」
 妻は枡に入った豆を掴むと、至近距離に居る私に思い切り投げつけた。鬼でなくとも逃げ出したくなる痛みが走る。
「おい、本気で投げるな!」
「あら、いいじゃない、豆があたれば、体の中の鬼が出て行くでしょう?」
 妻はそう言いながら、私を追い掛け回し、楽しそうに豆を撒く。終いには、ベランダまで追い詰められた。
「しまった!」私がそう言うと、妻は「ええ、閉まったわよ。」と笑いながらロックをしてしまった。この後の展開は、娘が居た時と同じだった。

「いい加減にしてくれよ、もう若くないんだ。凍え死んだらどうするんだよ。」
「大丈夫よ、それだけ皮下脂肪があるんだから。」
 妻は全く悪びれていない。
 こたつの上には、枡に入った豆やチョコレート、落花生が置かれていた。
「さあ、歳の数だけお豆をいただきましょう。」
妻と二人の歳を足せば、三桁になる。
「本当に、歳の数だけ食べるのか?」
「ええ。」
 妻は平然と言いのけた。私は、少しうんざりとした顔で目の前の豆を摘んだ。

 ブーンブーンと私の携帯電話のメール着信の合図がした。
 気の聞いた着信音が無いので、着信音はサイレントにしている。
 こんな時間にメール?と思ったが、メールを開くと、下の娘からだった。
 添付で写真ファイルがあった。
「鬼さん、ありがとう。今年はちゃんと豆まきが出来ました。」
 添付ファイルは、机の上に何か小さな写真が置かれているようだった。
 少し間をおいて、再びメールが届いた。
 今度は上の娘からだった。
「頭が真っ白、それに真っ赤な体がメタボじゃ迫力無いわ。もう怖く無いわよ、鬼さん。」
 ほっとけ、鬼だって歳は取るのだ。
 だが、来年に向けて、少し、お腹をへこませなければならんかなあ。

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