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5月 端午の節句 [歳時記]

5月 端午の節句
「ねえ、お父さん、やっぱり男の子が欲しかった?」
 毎年のように同じ質問が飛んでくる月になった。
我が家は、娘二人。男の子は居ないので、端午の節句には、鯉のぼりも武者人形も、鎧兜もない。たいてい、近くの和菓子屋で、柏餅を買ってきて、夕飯の後に食べて終了なのだ。
だが、たいてい、その場で「男の子欲しかった?」の質問が飛んでくる。
娘たちが幼い頃は、小声で妻が聞いた。そして、娘たちが大きくなると、姉妹で約束したかのように交代で訊いてくる。特に、上の娘はしつこかった。おそらく、妹じゃなく弟が欲しかったなあと思っていたこともあったのだろう。

そして、私の答えは毎年一緒。
「別に、欲しくなかったさ。」
これは、心底本心である。だが、妻も娘たちも疑うような目で反応する。
妻は、女三姉妹であったため、男兄弟を知らない。せめて自分の子どもは男の子であって欲しいという願望はあったようだ。だが、私はそう思わない。

私は想像してみた。
私のDNAを半分持った男の子。おそらく、外見は私に似ているだろう。不幸だぞ。
DNAを半分持つということは、良いところばかりじゃないはずだ。ひょっとしたら、悪いところばかり半分持っているかもしれない。私の分身のような外見で、性格や能力が劣性遺伝していたらどうする。甘ったれで、自分勝手で、頑固で、人付き合いが悪く、すぐに落ち込み、そのくせ、どこか自信家。こんなやつが世界に二人も居るのは、「世間が許しても私が許さん!」というものだ。
したがって、男の子は欲しくないのだ。(男の子をお持ちの御仁には申し訳ない理屈ですが、これも身勝手な私の考えと笑っていただきたい)

娘二人、就職と大学とで家を出て行ってしまってからは、そんなやり取りも無くなった。
端午の節句は、世間ではゴールデンウィーク。だが、就職した娘の職場は、土日も祝日も関係ない。
「ごめんね、今年のゴールデンウィークは帰れないみたい。」
そう、電話で告げてきた。
「いいよ、まだ就職したばかりなんだから。また、休みが取れたら戻っておいで。」
妻と娘が携帯電話で話をしていた。風呂から上がってきた私に気がついて、妻が携帯電話を手渡す。
「なんか、話があるみたいよ、ちゃんと聞いといてね、私、お風呂に入るから。」
そう言って、さっさと風呂に行ってしまった。
「なんだ、話って?」
頭を拭きながら、少し怪訝な声で訊くと、娘は、
「今度、休みが取れたら、戻るから。」
「ああ、わかったよ。また連絡しなさい。じゃあな。」
そういって切ろうとすると、
「お父さん、会って欲しい人が居るの。」
 私は驚かなかった。これが初めてではないからだ。大学時代にも一度、同じ事があった。だが、私は拒否した。娘は大学を辞めたいと言い出し、その理由は、交際相手にあったからだ。
「結婚したいの。だから、大学を辞めて働きたい。」
開き直って平然と言う娘に私は癇癪を起こし、相手の男はもちろん、娘ともしばらく会話っさえしなかったのだ。その後、その相手とは上手く行かなくなって、別れたようだった。さて、今度はどうしたものか。
娘は電話口で、彼とは仕事先で逢って、いろいろ仕事の相談にも乗ってもらったのだという。
「見た目は良くないけど、真面目でね、仕事もバリバリできるし・・・。」
前回の彼は拒否したが、今回は会ってみようと判断した。

連休の後の日曜日に、彼の車でやって来た。ごく普通の、コンパクトカーに乗っているようだ。
彼は、玄関に入るなり、深く頭を下げた。靴を脱いで、きちんと揃えた。
まあ、躾はしっかりできているようだな。
何処に座ってよいものかと彼は迷って、その場に突っ立っていた。娘はその様子を察して、炬燵の前に座り、座布団を差し出した。彼は、座布団を脇にどけてから、正座した。
そうして、私はソファに座り彼をじっと見つめた。
確かに、外見は良くない。坊主頭で、目は小さく・・・ジャガイモのような顔つきだ。かなり緊張しているようだった。
「よく来たね。」
私の言葉に、彼はびくっとしてから言った。
「お休みの日に申し訳ありません。」
何だか、よくわからない返答をして下を向いた。妻が、コーヒーを煎れて持って来た。
「車の調子はどうだ?」
私は娘に訊いた。娘は、持っていた車のキーを持ち上げて、
「大丈夫、絶好調。・・・ああ、これ、彼が買ってくれたの。」
娘が自慢げに、キーケースを見せる。皮製で、有名ブランドのロゴが見えた。かなり高価だったに違いない。働き始めたばかりで、それほど余裕があるわけでもないだろうにと思って彼を見ると、何だか急に厳しい顔になって、娘を睨んだ。そして、持ち上げたキーケースを隠すようにした。
「いいじゃない。」
そのやり取りから、彼が自慢するような不躾な行為を嫌っている事がはっきりと判った。
なかなか、好青年らしい。
「仕事はどうだ?」
「もう毎日大変、へとへと、まだ判らない事ばかりで・・・でも、彼はすごいのよ。同期なのに、一番仕事が出来るって評判なの。私もいろいろ教えてもらっているの。それに、彼、いろんな資格を持ってるの。ねえねえ、調理師の資格まで持ってるのよ、びっくりでしょ?」
娘が、彼の自慢話を続ける。彼の顔は真っ赤になってきている。恥ずかしいのではなく、随分、腹を立てているようだった。娘はどうも彼の気持ちを察する事ができないらしい。しかし、じっと我慢している。
「生まれはどこだって?」
私はつまらない質問をしてしまった。それを訊いて何が判るのだろう。
「岐阜・・すいぶん田舎だった。」
娘が答える。
「行ったのか?」
「うん、こないだ行った。ご両親はお仕事で遭えなかったんだけどね・・。」
その言葉に、ふいに彼が反応した。
「おじいちゃん、おばあちゃんに会って貰いました。気に入ってくれたみたいでした。」
うん?おじいちゃん、おばあちゃん? こりゃいかんぞ!と私は心の中で叫んだ。そう、我が家では、自分の身内を他人に話す時、こういう言葉は厳禁なのだ。その事に娘は気付いたらしい。隣で、妻も私の顔を見ている。どうやら、眉毛あたりがぴくぴくしているらしい。それを見て妻が言った。
「そう、おじいちゃん、おばあちゃんに会えたの。」
妻はわざと、同じ言葉を使った。娘もまた、
「ええ、おじいちゃん、おばあちゃんに気に入られたみたいだから・・ねえ、お父さん。」
何を確認しようと言うのか、わからないが、娘の言葉につい「ああ」と答えてしまった。
まあ、いいだろう。きっと、このあと、娘と彼は反省会だ。あの言葉遣いはマイナス点だと指摘するに違いない。彼も、きっと気付いたに違いない。
「明日、早晩の仕事だから、そろそろ帰らないと・・・。」
そう言って、娘は立ち上がった。彼は娘を見上げた状態で少し困った顔をした。
そう言えば、ここに来てからずっと正座をしていた。大丈夫かなと見ていたら、案の定、足が麻痺れてしまったようだった。何とか堪えて立ち上がり、玄関まで歩いていった。
「また来てね。」
妻やにこやかに見送った。娘は振り返り、私の顔を見て、
「また来ても良いでしょ?」
と訊いた。
「ああ、またおいで。」
私はそう言って、彼の顔を見た。彼は、随分嬉しそうな顔をして頭を下げた。
よしよし、今度の『息子』候補はなかなか見所がありそうだ。

「ねえ、お父さん、やっぱり、男の子、欲しかった?」
「いや、別に欲しくなかったよ。」
だって、お前達が、素敵な「息子」候補を連れて来てくれるじゃないか。

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