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6月の花嫁(そのⅠ) [歳時記]

ジューンブライド

6月が近づくと、私は憂鬱になる。今年はどうやって過ごそうか、昨年はどうだったっけ、同じじゃ機嫌を損ねるだろう、とにかく、一年の中で一番悩む時期になる。そう、私たちの結婚記念日がやってくるのだ。
妻と結婚したのは、もう26年前になる。仕事に就き、なんとかやっていける自信が出来た時、結婚を決めた。学生時代に知り合ってから5年経っている。彼女も当然結婚するつもりだったので、改めて、プロポーズなどしなかった。休日のランチタイムに、「そろそろ結婚しようか」と言って、すぐに纏まった。それから式場探しを始め、最も早く式が挙げられるのが6月だった。
「6月の花嫁は幸せになれる」などと言う言い伝えを気にしたわけではない。出来るだけ早くと考えただけだ。だが、式場のプランナーは、「ジューンブライドですね」と勝手に盛り上がって式の相談を始めた。日取りが決まった時、その日が「父の日」だという事も知った。
「お父様に、花嫁姿を見せるのが、一番の親孝行ですよ。それが父の日なんて最高ですね」
また、調子の良い言葉でプランナーは打合せを始める。彼女は、随分機嫌を良くして相談に臨んだ。
そんな調子で、結婚式の予算は遥かに超過し、私の両親に金普請をするしかなく、そのために、私の両親も式の内容に口を出すようになった。
まあ、結婚式はどうでも良い話。

今は、「結婚記念日をどう過ごすか」なのだ。
結婚一周年は、二人でワインとケーキでささやかなお祝いをした。それで充分だった。
二年目には娘が出来た。なんと、娘のバースディは、結婚記念日の翌日。したがって、二年目の結婚記念日は、彼女は陣痛の痛みと戦っていた事になる。
三年目は、結婚記念日よりも娘の1歳の誕生日のお祝いで、実家の両親も来て楽しく過ごした。
四年目には、私の両親が遠く郷里から出てきて、地殻の温泉に行った。
そして、五年目には、下の娘が、結婚記念日の1週間後に生まれて、またも、彼女は産院に居た。
この後も、しばらくは、娘の誕生日とごっちゃにして、何とか結婚記念日を過ごす事ができたのだった。
だが、その娘たちも高校生くらいになると、誕生祝を友達とやることが多くなり、必然的に、妻の関心は「結婚記念日」へ移ってしまった。
最初、とにかく何かプレゼントをすれば良いだろうと、浅はかな考えで私は「結婚記念日」に立ち向かった。なけなしの小遣いをはたいて、ささやかなプレゼントを買って帰った。。妻は、一瞬嬉しそうな表情をしたが、箱を開けて急にがっかりした表情に変わり、ほんの数秒で、プレゼントを放り投げてしまった。どうやら、彼女の意に沿わないものだったようだ。
翌年は、いろいろと考えた末に、一年目のように「ワイン」を買ってきた。
「私、赤ワインを飲むと便秘になるから。」
と何とも色気の無い返事をして不機嫌になってしまった。
この年から、急に、「結婚記念日」を迎えるのが怖くなった。
次の年、当日は仕事が立て込んでいて、プレゼントを選ぶ時間がなく、已む無く、近くの花屋で、小さな花束を買って帰った。やや遅い帰宅になったが、彼女はケーキを用意して出迎えてくれた。いつもと少し様子が違った。期待が一層大きくなったのではないかと私の脳裏には、笑顔から一気に不機嫌になる彼女が浮かんだ。手には小さな花束しかない。仕方なく、その花束を手渡す。
「ええ、花束?嬉しい。花束なんて初めてね。本当、ありがとう。」
予想以上に好反応だった。鼻歌を歌いながら、花瓶を出して、小さな花束をテーブルに飾り付けている。
「う~ん、さっぱり判らない。あんなもので喜ぶのか?」
次の年も、その次の年も、花束を抱えて帰宅するようになった。次第に、花束も大きくなる。しかし、3回目の花束で終に彼女が言った。
「もう、毎年、花束なんて、いい加減飽きたわ。」
決して機嫌が悪いわけではないが、物足りないという表情だった。
二十回目の結婚記念日は、妻の提案で指輪を作り直すことになった。お金の無かった頃に作った結婚指輪は、シンプルすぎるほどつまらないデザインだったが、それなり気に入っていた。だが、妻は、「ちゃっちい指輪だもの、作り変えましょう」とあっさり。実は、結婚して1.5倍に体重が増えた私の指は、相応に太くなっていて、最近、指輪が痛くなっていたのだった。きっと妻はそんな私に気付いたらしかった。結婚記念日に受け取ることにして、早速指輪を作った。これで、この年の結婚記念日は何とか過ごす事ができた。だが、これには妻の優しさとしたたかさが隠れていた。
指輪を選ぶ時、当然、ショーケースの他のものにも目が行く。
「これ、いいわね。こんなの欲しいなあ。」
彼女が指差したのは、ダイヤのペンダントだった。私は気付かぬ振りをしていた。
翌年、私は、同じようなデザインのペンダントを探した。彼女はきっと、こういう物をプレゼントして欲しいというヒントをくれたのだと信じた。何とか、見つけて、結婚記念日にプレゼントした。妻は小躍りして喜んだ。そして、三回ほど同様の「宝石」をプレゼントする事で結婚記念日を過ごしたのだった。(続く)

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hana2011

年に一回しかない特別な日。夫婦とはいえ、互いの思いの違いは大きなものです。
続きはどうなるのでしょう!?
by hana2011 (2011-12-27 11:13) 

mimimomo

こんにちは^^
夫婦も色々ですね~(^^ わたくしは結婚記念日なんて忘れていますけれど・・・夫も勿論・・・
by mimimomo (2011-12-27 12:20) 

苦楽賢人

hana2011様、コメントありがとうございました。

一筋縄ではいかない妻ですからねえ。幸福な結末を期待したいところですが・・・。

mimimomo様、コメントありがとうございました。

「忘れていますけど」っていう言葉、意外に奥深い感じがします。
毎日が幸せであれば、別に記念日なんて気にしないっていう事もあるのではないですか?
忘れたい記念日っていうのもありますね。

引き続き、お読みくださると幸いです。
by 苦楽賢人 (2011-12-27 12:54) 

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