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6月の花嫁(そのⅡ) [歳時記]

六月 ジューンブライド 
昨年、結婚二十五周年を迎えた。それぞれに暮らしている娘たちから続けざまに、メールが来た。
「結婚二十五周年おめでとう。お父さん、ちゃんと結婚記念日はお祝いしなくちゃ駄目よ」
余計なお世話だ。今までどれだけ苦労してきたのか、お前たちは何も知らないだろう。いや、妻だってこれだけの心労には気付いていないだろう。かといって開き直ったところで、さあ、どうする?そう思って、五月の連休明けあたりから、憂鬱な日々を過ごしていた。
五月中旬になって、妻が、妙な笑顔で言った。
「ねえ、来月の事だけどさあ、三連休取れない?」
突然の問いに答えに窮した。
笑顔で訊いた時は、否定的な返答はしてはいけない。
「ああ・・何とかなるかな。」
私は曖昧に答えた。
「じゃあ、結婚記念日の前後にお休みを取ってね。」
もう決まっているような言い方で、日程を指定してきた。
「判ったよ」
それから数日して、夕飯の時だった。いきなり切り出してきた。
「明日、旅行会社へ行きましょう。」
「旅行?」
「ええ、積立金が満期なの。それで旅行しましょう。」
なるほど、それが連休を取る理由なのか。まあ、これで今年の「結婚記念日」の迎え方が決まってほっとした。ぼんやりと返事をして夕食を済ませた。
翌日、大型ショッピングセンターの二階にある旅行代理店へ足を運んだ。事前に妻が相談してたようで、担当の女の子は、笑顔で我々を迎えてくれた。そして、満期になった積立金を確認して、旅行ギフトに引き換えて渡してくれた。それから、笑顔で
「どちらへ行かれますか?ご希望のパンフレットをお持ちしますが・・」
妻はその言葉に、きっぱりと答えた。
「北海道のパンフレットを下さい。」
行き先はすでに決めていたようだ。北海道は、新婚旅行で行ったところだった。
すぐに、往復の飛行機だけは押さえた。その日は、たくさんのパンフレットが私の前に並べられた。そして、妻は得意満面の笑顔で言った。
「お金は私が用意したんだから、貴方が後は全てやってね。」
その日から、私の悪戦苦闘の日々が再び始まった。
行き先、順路、ホテル、途中の土産物や食事の場所、全てを分刻みのスケジュールに落とさなければならない。インターネットも活用して、現地の情報も入手しながら、オリジナルの旅行に仕上げなくてはならない。候補を選定したら、妻に伺いを立てる。却下される事のほうが多かった。それでもほぼ毎日、仕事から帰ると食事の後は、ネットとパンフレットを広げてプランを練った。
「ねえ、結婚式の前みたいでしょ?」
頭を悩ましている私の様子を見て、妻は笑いながら言った。
そうだ、新婚旅行も、結婚式場のセットプランが気に入らなくて、自分たちで一つ一つチョイスして組み立てた。毎晩、二人で随分話し合った。旅行の行き先を話し合うたびに、妻の好みや嫌いな事、お金の価値観等が手に取るようにわかったものだった。
妻は私が頭を悩まして、いろいろ悩んでいる様子が嬉しそうだった。そうか、妻が求めていたのはそういうことかと今更ながらに気が付いたのだった。
かくして、銀婚式の記念旅行は、素晴らしいものとなった。

函館のホテル 「ラビスタベイ」の部屋で、妻は、夜景を眺めながら上機嫌だった。
「やっぱり、貴方のプランは最高ね。」
私の苦労はこの一言で報われる。余り几帳面な性格ではないが、何故か、こういう事は細かくプランを作らなければ気がすまないのだ。勿論、天候に合わせてサブプランも当然あったし、体調の事も考慮して、食事も何通りかピックアップしてある。今回は、特に、新婚旅行を意識して、思い出の場所も所々入れていたが、これは余り好評ではなかった。

そして、妻は、ビールを飲みながら、意味ありげにこう言った。
「さて、来年の結婚記念日はどこに行こうかしら?」
・・また、頭を悩ます時期が来るんだなと、少し嬉しかった。

ところで、結婚記念日だけじゃなく、六月といえば「父の日」。
余り、日の目を見ていないのはどういうわけだ

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