SSブログ

真夏の出来事 [歳時記]

夏といえば、怪談。やはり、熱帯夜の寝苦しい時には、怪談話は良いものだ。淀んだ空気とか、生暖かい風等があれば、雰囲気は充分。欧米のお化け、ゴーストとは違う、人の情念が作り出す『幽霊』というのは、やはり格別である。ただ、そこにいると思うだけでぞくっとする。
残念ながら、今の暮らしにはなかなか『幽霊』たちには存在しにくいようだ。
街中には煌煌と灯りはあるし、暗闇を探すのも難しい。
私の子どものころは、ぼんやりと照らす小さな街灯さえ、ぽつんぽつんとある程度だったし、家の中も、必要以外には灯りもなく、途轍もなく暗かった。納戸と呼ばれる窓一つ無い部屋は、一年中じめじめしていて、かび臭く、昼間でもそこに入るのには勇気が必要だった。庭には井戸もあって、『あそこから何か出てくるんじゃないか』と考えずにはいられなかった。一番怖かったのは、トイレだ。トイレなどという名称ではなく、便所、厠である。臭いもさることながら、ぼとんと沈む先は真っ暗で底なしのように思えた。そこから手が出てくるなんて脅かされると、夜一人で行く事などどうしてできようか。お漏らししてでも便所に行きたくなかったくらいだ。

夏休み、幼い娘たちと妻を連れて、二泊三日で、実家に戻った事がある。実家は、十年ほど前に、私が育った古い家の隣に、何とかハウスの鉄骨住宅で建て直していた。狭いマンションの我が家と違って、一軒家は広く、快適だった。娘達も妻も、のびのびと過ごせている様だった。
私の育った村は、町からは峠一つ越える辺鄙なところにある。コンビニも無ければ、病院も無い、信号さえも無い。昼間は、田畑の緑が広がり、低い山々に取り囲まれ、、目の前には穏やかな瀬戸内海が広がる風景は、日本の故郷のゲン風景そのものであった。娘達は、海岸で波と戯れ、妻も遠くをのんびり眺めて、いい骨休めと言ったところだった。しかし、日が暮れると一変する。村の中央を走る県道にわずかに街灯はあるが、実家の周りにはほとんど無く、家の明かり以外何もなかった。窓の外には漆黒の暗闇が広がり、物の怪かと思うような鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。幼い娘達と妻はかなり戸惑っていたようだった。
「ねえ、お父さん、あそこに見えるのは何?」
窓の外、遠く暗闇の中に一列に並んだ灯りを指さして、上の娘が訊いた。
「ああ、あれは漁火って言って、夜の海で魚を取ってるんだ。船に灯りをつけて魚を集めるんだよ。」
「じゃあ、あれは?」
幼稚園に入ったばかりの下の娘が、東側の窓の外を指差して訊いた。
そのほうを見たが、真っ暗で何も見えなかった。
「何も無いけど?」
「えっ?変なの?」
下の娘が指差した方角には、確か、墓地があったはず。
「なにか見えたのか?」
私は少しおかしな気分で尋ねると、下の娘は、どう説明してよいか言葉が見つからない様で、不思議そうな顔をしたまま答えなかった。
「ねえ、お風呂入ってよ」
私の母が声をかけたので、その話はそこで終わり、娘二人を風呂に入れた。

翌日、昨夜の下の娘の言葉が気になって、皆で墓掃除に行く事にした。
お盆を前に、母達が綺麗に掃除をしていて、わざわざ掃除をする必要は無かったのだが、せっかく実家に戻ったのだから、墓石でも磨いておけば罰も当たらないだろうと思っていた。妻は蚊に刺されるのを嫌って、墓の入り口あたりで日傘を指して、様子を見ている。娘達は無邪気に、墓に水を掛けてたわしでごしごしと磨くのを手伝った。
特に変わった様子は無かった。きっと夕べは、娘の見間違いに違いない。そう思い始めたときだった。
我が家の墓の隣にひっそりと置かれた丸い石を下の娘が洗いはじめた。そして急に、石に向かって話し始めた。独り言ではなく、誰かと会話しているようだ。私も妻も、上の娘も驚いた。下の娘は明らかにそこに居る誰かと話しをしている。私は声が出なかった。

家に戻っても先ほどの出来事に着いて、妻も私も口に出来なかった。夕食の時、何とか母に聞いてみた。
「うちの墓の脇にある、小さな丸い石って誰かのお墓?」
母は、ぼんやりした表情で何かを思い出そうとしているようだった。
「丸い墓?そんなのあった?」
「うちの墓の脇にさ、草に埋もれるように置かれているんだけど・・知らない?」
「ああ・・そうそう・・あれは、フミちゃんのお墓よ。」
「フミちゃんって?」
「戦争が終わったばかりの頃、ばあ様が、家に連れて来てしばらく家に居たんだけどね、」
「フミちゃんて、何処の子なの?」
「詳しくは知らないけど、ばあ様の話しでは、孤児だったらしいよ。三つだったらしい、けど、それもどうだか?もともと、体が弱くてね、小学校に入る前に、亡くなったらしいの。わたしは、その時、京都に居たから、詳しくないんだけどね。」
祖母は、今入院中で、詳しく聞くわけにもいかない。
「どうかしたの?」
「いや・・・。」
私は昼間の出来事を口にするのを止めた。
きっと、その「フミちゃん」が忘れ去られた墓を下の娘が掃除したのを喜んで姿を見せたのだろう。純真無垢な幼子だからこそ、見えたのかも知れなかった。
不思議な体験だった。
幽霊とか霊魂とか、余り信じるほうではないが、この時以降、私はそういう事もあるかもしれないと思うようになった。

nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 8

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0