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1-3 宮殿 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

第1章 1-3 宮殿
「タキ様、さきほど、物騒だと申されましたが、ここはアナトの国の都なのでしょう。王様はいかがされているのですか?」
カケルは、タキに尋ねた。それを聞いてタマソが横を向いたままはき捨てるように答えた。
「何が、都だ!王なんて何の役にも立ちやしない。」
「一体、何があったのですか?」
もう一度、カケルは訊いた。
「ここは確かに、都だった。大陸から海を越えて、大船もたくさん行き来していた。だけど・・。」
タマソはそこまで言って、何かこみ上げる悔しさを押し殺そうとするかのように、そのまま押し黙った。他の海女たちも、何か思い出したかのように皆俯いている。
「まあ、昔の事さ。・・・・さあ、あんたたちも、食べな。」
タキは、それ以上訊かれたくないとでも言うように、話を遮って、カケルたちにサザエを勧めた。カケルも、その様子を察して、それ以上尋ねなかった。

海女小屋を出て、二人は、集落のある海辺を見下ろす崖の上に、一際大きな建物があるのを見つけ、崖へ上ってみることにした。上までは、整備された石段が設えてあったが、両脇は雑踏が伸び放題で、石段もところどころ崩れているところもある。入口の両側には、太い石柱と小屋、まっすぐ建物まで続く石畳、その先には大屋根を持った荘厳な建物があった。九重には見られなかった見事な造りで、二人はしばらく、見とれてしまっていた。
「ここは・・アナトの国の王の住まいなのだろう・・・。」
「でも・・誰も住んでいないようですね。・・・。」
アスカの言うとおり、建物は荘厳だが、よく見ると、あちこち傷んでいる。
一回りしてみたが、人の気配は感じられなかった。二人は、入口まで戻ると、遥か足元に広がる海峡と里を見下ろしていた。
「ここなら、海を通る船が手に取るようにわかる。民の暮らしも・・。」
アスカも遠くに視線をやってぼんやりと景色を眺めていた。不意に、後ろから声がした。
「お前たち、何者じゃ?ここには何もない、盗人ならさっさと出て行くが良い。」
長い白髪を一つに結び、口髭と顎鬚を伸ばした翁が立っていた。錦糸で飾り付けのある衣服をまとっているところから見ると、王族だろうを思われた。カケルは咄嗟にその場に跪いた。それを見て、アスカも同様に跪く。
「これは、失礼いたしました。我ら、旅の者です。先ほど、この里へ着いたばかり。様子も判らず、入り込んでしまいました。お許し下さい。」
カケルがそう言うと、王族と思しき翁が訊く。
「旅をしているとな。・・どこから参った?」
「はい、九重より参りました。生まれは、高千穂の峰の奥深くの村でございます。私は、カケル。こちらはアスカでございます。」
その翁は、二人の周りを歩き、剣や弓、着衣をじっと観察した。
「ふむ、嘘ではなさそうだ。そなたたちは遥か昔の身なりをしておる。確かに九重の者。だが、旅をする等、聞いたこともない。・・まさか、筑紫野の密使ではあるまいな?・・確か、カブラヒコとかいう若い王が居ったはずじゃが・・・。」
カケルは包み隠さず、筑紫野で起きた事を話した。
「いずれ、王の座を追われるとは思っていたが・・まさか、邪馬台国が再び興きようとは・・。」
その翁は、あまり驚いた様子ではなく、この事を予見していたような口ぶりであった。
「一つ、お教え下さい。・・ここは、アナトの王様の住まいなのでしょうか?」
カケルの問いに、その翁は物憂げな表情を浮かべながら答えた。
「ああ・・確かにここはアナト国の宮殿じゃ。そして、わしは国王であった。」
「国王様?」アスカが、思わず呟いた。
「このような姿では信じられぬであろうな。・・だが、本当なのだ。かつて、我がアナト国は、この関を守り、大陸からやってくる大船を迎えることで栄華を極めた。一時は、九重さえも支配するほどだった。かの邪馬台国すら、卑弥呼亡き後、我らの軍が攻め入り、その将が王となったのだ。・・しかし、今やその面影すらない。」
「それほどまでに栄えた国がどうして?」
カケルが訊く。その問いに答えるため、王は宮殿の先にある見晴台へ二人を連れて行った。
「見ての通り、ここは赤間の関。かつては、大陸と東国との行き来が盛んで、多くの船がここを通っていた。ここから先、佐波の津までは潮の流れも風の動きも複雑なのだ。我ら、赤間の民の力無くして、ここを通ることは敵わぬ。」
カケルとアスカも、王の指差す先に、視線を動かした。
「だが、大陸で戦が起きたのじゃ。すると、しだいに船が来なくなった。もちろん、東国から出て行く船もなくなった。船が行き来せねば、ここに富をもたらすものもなくなる。次第に、民たちの暮らしも貧しくなり、やがて、皆、わしの元を離れたというわけじゃ。」
翁は、静かに眼を閉じ口を閉じ、寂しげな表情を浮かべたまま、足元に広がる海峡を眺めた。
「おや?」
王が、海峡の西に視線をやって呟いた。そして、じっと何かを追うように睨んでいる。カケルとアスカも王の視線の先を追った。
「・・王様、あれは・・大船でしょう。・・」
カケルが王に訊くと、王は険しい表情をしている。王は何も言わず、じっと睨みつけている。
次第に、船の大きさや紋様がはっきりと見え始めると、王の表情は一艘厳しくなった。

1-1-3韓船1.jpg
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コメント 1

karesusuki

明けましておめでとう御座います。
今年も宜しくお願い致します。

by karesusuki (2012-01-03 15:21) 

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