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1-9 タマソ [アスカケ第4部瀬戸の大海]

4-1-9 タマソ
「いや、娘は身を投げたりしちゃいないんだ。」
タキが言う。王は驚いた顔でタキを見た。
「ある晩、娘は男と二人で海女小屋に現れた。お腹に赤子が居るというんだ。私はわが身を呪った。私が王の子を宿したように、娘も覚悟を決めていたようだった。私は、二人にすぐに赤間から逃げるように言った。王に見つからぬ場所へ隠れるようにとね。二人は、小舟ですぐに発った。そして、陶(すえ)の村へ戻ったんだよ。」
「ならば、まだ陶の村で生きているのか?」
王は、安堵の表情を浮かべて訊いた。タキはゆっくりと首を横に振った。
「陶の村に戻り、まもなく、男の子を産んだ。だが、産後の肥立ちが悪くて、娘は命を落とした。しばらくは、男が子どもを育てた。・・・その男も、鯨漁に出た日に、水軍の手にかかって、命を落とした。」
「男の子はどうしたのだ?」
王は縋り付くようにタキに尋ねる。タキは口を開かなかった。
ここまでの話をじっと聞いていたタマソが、強張った表情でタキに訊いた。
「なあ・・婆様、その男の名は?」
タキは、タマソの表情を見て観念したように言った。
「その男の名は、サダ。鯨取りの名人だった。大きな銛を自在に使い、大きな鯨を捕まえていたのさ。・・そうさ、お前の父様さ。」
「じゃあ、母様は、アナトの国の姫?」
「ああ、そうだよ。」
「では・・この・・タマソは、王家の血を受け継ぐ者ということか?」
王がタマソを見上げるように言った。船に集まっていた里のものは皆驚いた。
「お・・おれが・・王を継ぐ者?・・馬鹿馬鹿しい・・婆様・・嘘だろ?・・なあ、嘘だろ?」
タマソは混乱していた。そして、その場に座り込んでしまったのだった。
赤間の里が荒れ果ててしまったのは、偏に王が民の暮らしを顧みず、自らの栄華のために富を搾取してきたためだと考え、タマソは、幼い頃から、王を憎み嫌っていたのだ。今になって、王の血を継ぐ者と言われても、自らの存在を否定される思いしかなかった。
里の者たちも、何と声を掛けて良いものか判らず、沈黙が流れた。
ふいに、カケルが目を覚ました。少しぼんやりとした意識の中で、船の様子を感じていた。
「カケル様?・・気が付かれましたか?」
沈黙を破るように、アスカがそっとカケルに声を掛けた。
「ああ、もう大丈夫だ。皆、無事か?」
「ええ・・大丈夫です。船の兵達も皆、タマソ様達が縛りつけて大人しくしております。」
「そうか・・・タキ様は?」
「ええ、もうすっかり・・・。」
身を起こしたカケルの目に、座り込んで俯いているタマソの姿が見えた。その雰囲気に、ただならぬ事態が起きている事をカケルにも判り、アスカを見た。アスカは、どう話せばよいのか困惑した表情でカケルの視線を受け止めた。すると、タマソは急に立ち上がり、船から飛び降りた。そして、わあと叫びながら、砂浜を駆けていってしまった。タマソの仲間たちも、慌ててタマソの後を追って行った。
カケルは、タキから大方の事情を聞いた。だが、タマソにどう声を掛けるべきかやはり皆と同様に困惑してしまったのだった。
ひとまず、水軍を制圧した事で、里の平和は守られた。水軍の頭目の亡骸は、近くの浜に埋められ、残った兵達は縛られたまま、宮殿に連れて行かれ、宮殿の端にある牢獄へ放り込まれた。
里の者たちは、石段に摘みあがった丸太やその下敷きになっている兵達を運び、怪我人には手当てをして、捕まえた兵達とともに牢獄へ放り込んだ。
もう日暮れ近くになっていた。
タマソは、仲間たちと共に、浜の岩場の上に座り、遠く海を眺めていた。
「なあ、タマソ、これからどうするんだい?」
タマソと同い年のカズが、タマソに訊いた。タマソは何も言わずじっと海を見ている。
「王の血を継ぐ者なら、アナトの国はお前のもの、王になって治めればいいじゃないか!」
背の高いサカが、甲高い声で言う。タマソは、キッとサカを睨むと、
「王になんぞ、ならない!国を治めるなんてできっこない!」
強い口調で答えた。
「そうかなあ・・・おれは、タマソが王になるなら賛成だ!あの船で近くの村を回って、皆を従えるんだ!アナトの王タマソ様だぞってさ。」
カズが調子に乗って言うと、タマソは岩の上に立ち上がり、皆を睨みつけて言った。
「あの水軍に勝てると思うのか?・・きっと奴らはまた来るぞ。もっとたくさんやってくる。今度みたいに上手くは行かない。皆、殺されるんだ。・・・王になったからって、里の皆を守れるわけがない。・・いやだ、そんなのいやだろ。」
「大丈夫さ、カケル様が居てくれれば、また・・ウォーってやっつけてくれる。そうさ、カケル様をアナトの国の守り主にすればいい。王になれば、皆、お前に従うはずだ。」
カズもサカも調子のいいことばかり言っている。それをじっと聞いていた、少し年上のマサが、少し大人びた口調で皆を窘める様に言った。
「カケル様は、恐ろしき獣人だ。今は、皆を守る優しいお方かも知れぬが、いつ、獣人になるかわからぬ。見境なく、人を殺すかも知れぬ。信用してはならない。」
マサの言葉に、皆、真顔になって心配し始めた。確かに、頭目を襲った光景は、獣が容赦なく、獲物を襲う様子と何一つ違わなかった。

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