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1-12 アナトの旗 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

アナトの旗
カケルは、牢の戸を開け、中に入った。
囚われた兵たちは、カケルの動きをじっと睨んで、壁際に張り付くように座り、息を殺している。
「皆に、相談があるのだ。聞いてくれ。」
カケルは、牢の真ん中に座り込むと、腰の剣を置いた。タマソたちは、牢の外からカケルの様子をはらはらしながら見ていた。縄で縛られているとはいえ、多数の兵がいるのだ。騒ぎ始めればただでは済まない。
「我らは、これから屋代の水軍と戦に臨む覚悟なのだ。」
兵たちの中にどよめきが起こった。
「・・勝てるわけなど無い。そう言いたいのだろう。・・ああ、おそらく今のままでは戦にもなりはしない。なんと言っても、あの大船を操れる者がいないのだからな。」
「頭がおかしいんじゃないか?」
縛られた兵の一人が不用意に言った。カケルはその声に振り返る。
「いや、私は正気だ。一つ、教えてもらいたい。そなたたちは、屋代の水軍の兵だな?」
兵たちは口ごもりながら、ああと答える。
「では、この先も、囚われの身となり、この牢獄で生きていくか?それとも、里を襲った償いにその命、差し出すか?」
兵たちはしばらく何も答えなかった。そのうちに、誰かがひくひくと泣き始めた。
「おら、里へ戻りたい。・・水軍なんぞ、なりたくなかったんだ。」
「ああ・・俺の里も襲われたんだ。捕まって、船に乗せられただけだ。戻りたい。」
皆、口々にそういい始めた。
「やはりそうか。」
カケルは、これまでの九重での戦でも、襲われ負けた者が捕われ、やむなく兵にさせられた事を見てきた。屋代の水軍も同様だろうと考えていたのだった。
カケルは立ち上がり、兵たちを前に言った。
「ならば、我らとともに、水軍を倒すために力を貸してくれぬか。」
「今度は、アナトの兵になれと言うのか?」
兵が訊いた。
その声を聞いて、タマソが牢の中に入ってきた。
「皆、もとはアナトの民であろう。皆の里を水軍から守るために戦うのだ。頼む、皆の力を貸してくれ!・・せめて、あの大船を操る術を教えてくれ、頼む。」
タマソは兵に頭を下げた。先に声を出した男が、立ち上がって言った。
「俺は、ギョク。船頭役だった。韓舟は、風を捕まえるのが難しい。教えろと言われたってすぐに覚えられるものじゃない。」
「いや、必死で覚える。なあ、教えてくれ、頼む。」
タマソは、ギョクという男にすがりつくように頼み込んだ。
「いや・・そんな必要は無いさ。大船は俺たちが動かす。屋代までの案内だってできる。そこいらの島々にも仲間はいる。俺たちは、アナトの民だ。わが里を守るのならば、命を投げ出しても構わない。なあ、みんな、そうだろ!」
ギョクの言葉に、牢の中の兵たちは生き返ったように声を上げる。
事情は、里の者たちにも伝えられた。最初は、里の者たちも警戒していたが、兵の一人ひとりの里を知り、皆、アナトの国の村々のものだとわかると、信用するようになった。

十日ほどして、大船が屋代へ向けて出航する事になった。
大船には、カケルとアスカ、タマソと仲間たちが乗り、ギョクを船頭にして赤間を攻めた兵たちも怪我をした者を残して、皆、乗り込んだ。
「タマソ、これを掲げてもらえまいか。」
見送りにきた王が、大きな布袋をタマソに手渡した。
「これは?」
「遥か昔、アナトの国がこの佐波の海を治めていた頃、我が軍が船に掲げた旗なのだ。」
手渡された布袋から、取り出したものは、錦糸で飾られ、鯨の文様が中央に縫いこまれた朱の旗であった。
「この旗を掲げて行けば、佐波の海一帯の村の長老であれば、だれもがアナトの軍だとわかるだろう。味方するものも増えるはずだ。・・いや、屋代の水軍を征伐するのは、アナトの軍でなければならぬのだ。」
タマソは、旗を広げ、帆柱に掲げた。
「それと・・これを持って行っておくれ。」
王は、腰の剣をはずし、タマソに渡した。
「お前こそ、正統なアナトの王であるという証だ。もはや、私が持っておく道理はない。すでにお前は、アナトの王なのだ。カケル様のお力を借り、何としても、アナトの国を守っておくれ。」
タマソは、返す言葉を失った。
王はタマソの手を握り、剣を持たせる。タキが、にっこりと微笑んでタマソを見つめた。カケルとアスカは、船尾でそっとその様子を見ていた。
「よし、良い風が来たぞ!さあ、帆を張れ!出航だ!」
ギョクが、皆に声をかける。帆柱に白い帆が張られ、風を掴んだ。
アナトの旗を掲げた大船がゆっくりと、赤間を離れていく。

1-1-12大船.jpg
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