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1-1 難波高津の港 [アスカケ第5部大和へ]

1. 難波津の港

この時代、海は現代よりも随分水位が高かった。 瀬戸内海ははるか内陸部まで入り込んでいて、難波(現在の大阪)は全て、海の中にあり、大和(奈良)の入り口にまで海が続いていた。 大和川と淀川が上流から運んで来た砂を、瀬戸の潮流が堆積し、現在の大阪城がある辺りにまで、半島状の陸地を形成していた。難波津はその半島の先端近くにあった。そして、それは徐々に北へ伸び、ついに、淀川・大和川の流れを堰き止めて、半島の北側に大きな「河内湖(草香江)」を作っていた。塩水だった河内湖は、徐々に淡水に変わり、まだ、水が少ない頃には周辺に大きな農地も広がり集落も形成されていたが、推移が上がるにつれて、農地を失い、厳しい環境へと変わっていた。

難波津の港には、いくつもの桟橋が伸び、大きな船がいくつも停まっている。そして、そこから少し上がった辺りには、大きな倉も立ち並んでいる。
そして、何処を見ても、多くの人夫が忙しそうに荷物を運んでいる。
港に数多く並ぶ倉の前には、西海や東国の品が並んでいて、取引が盛んに行なわれていた。
派手な着物を羽織っている女の姿もあちこちにあった。
船から降ろした荷物を倉に運んでいる者も居れば、倉から運び出した荷物を大きな荷車に積み、なだらかな丘を登っていく者もいた。どうやら、丘の向こうにも何かがあるようだった。
カケルもアスカも、見たことも無い多くの人が集まり、様々な服装、様々な品に目を奪われてしまった。
「いったい、どれほどの人が集まっているのでしょう。」
アスカは、余りの人の多さに少し気後れした様子で、カケルの手を強く握り、身を寄せて訊いた。
「ああ・・驚くほど人が居る。・・九重に住む者が、皆、ここへ集まったようだな。」
カケルとアスカは、立ち並ぶ倉の前を、ゆっくりと歩きながら、大和の様子を聞くことができないか思案していた。
倉の前で働く男たちは、カケルとアスカが目の前を通ると、一度手を止め、何か訝しげな視線を送ってくる。そして、何かひそひそと話しては、時には睨みつけた。
二人が、一つの倉の前を通り過ぎようとした時、どこからか声が聞こえた。

「カケル様?・・もしや・・カケル様ではありませんか?」
声の主は、投間一族の長、イノクマであった。
イノクマは、倉の屋根の上に座り、里の様子を眺めていて、珍しい格好をして歩いてくる二人連れを見ていた。そして、それがカケルたちと判り、慌てて、屋根の上から飛び降りると、カケルたちのもとへ駆けて来た。
「イノクマ様、こんなところでお会いできるとは・・・・」
カケルの挨拶が終わる前に、イノクマは、カケルとアスカの腕を掴むと、辺りに視線を送ったのち、倉の中に引っ張って行った。
イノクマが引っ張って入った倉は、吉備国の持ち物のようだった。
中には、米や稗、粟、黍が天井に届くほどに積み上げてある。取引した品物なのか、布や農耕具、剣等も置かれていた。
イノクマは、積み上げた荷物の奥へ二人を連れて行った。
「一体、どうしたのです?イノクマ様。」
カケルの問いにイノクマは周囲に人が居ない事を確認してから言った。
「カケル様、良くご無事で。」
「ええ、明石のオオヒコ様が難波津への船を見つけていただけて・・」
「もうとっくに大和へ行かれているものと思っておりました。」
「明石で少し仕事を・・・」
イノクマは、カケルの話を制するように切り出した。
「カケル様は、到着されたばかりで、まだ、ご存じないから仕方ありませんが、港を無事に歩けたのは奇跡です。」
「いったい、どういうことです?・・怪しげな男たちの姿もありませんし、兵もおりません。」
イノクマはふっとため息をついてから、言った。
「つい、先日、兵を乗せた船が港に入り、人夫たちと小競り合いが起きたのです。もともと、難波津は、国々の荷を集め、大和へ送るための場所。それぞれの国の倉もあり、船を着ける場所も定まっております。そこへ、いきなり兵を乗せた船が現れ、勝手な振る舞いをしたのです。」
「兵を乗せた船というのは?」
「判りません。どうやら、ここより南、紀の国辺りから来たようでした。」
「不慣れで、兵達も疲れていたのではないのですか?」
「まあ・・だが、余りにも傍若無人な様子であったために、人夫たちは腹を立て、兵達に突っかかっていきました。その際、人夫が一人切られたました。兵達はすぐに船に引き上げ、港を離れました。」
「切られた人夫は?」
「あえなく、死にました。それでなくても、ここには兵を恨む者も少なくありません。東国の兵が里を襲った傷は、まだ残っておりますから。ですから、兵と判れば命を奪われても仕方ないのです。そんなところに、大きな剣を腰に付けたカケル様のお姿を見て、肝を冷やしました。」
イノクマの説明で、ようやく事態を理解したカケルとアスカだった。

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