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1-4 面をつけた男 [アスカケ第5部大和へ]

4. 面をつけた男
「今しばらく、この館に留まられよ。」
納得した表情の二人に、摂津比古が言った。
「いえ・・我らは、鞆の浦のイノクマ様のところへ戻ります。」
カケルが立ち上がると、摂津比古は制するように言った。
「先ほど、イノクマの許へは、使いを出し、しばらく、わしが預ると伝えておいた。・・葛城の王に対面できるまで、ここに居てもらわねばならぬ。アスカ様には、王家の姫に相応しい所作を身につけていただかねばならぬ。カケル殿も、いかほどの者はわしが納得する者でなければ、葛城王に推挙する事もできぬ。・・・まあ、悪いようにはせぬ。わしを信用されよ。」
摂津比古はそう言うと、傍に控えていた者に目配せをした。すると、広間の横の扉が開き、数人の女人が入ってきて、アスカの手を引いて連れて行こうとした。
アスカは最初抵抗したが、カケルがアスカの背を撫でて落ち着かせると、女人達に手を引かれて、広間を後にした。
アスカが広間を出ると、摂津比古は、酒を運ばせ、先ほどの鹿皮の上に再び胡坐をかいて座った。
「さあ、カケル殿。」
カケルは勧められるまま、横に座り、杯を持った。
「もはや、大きな渦が動き始めてしまったようだ。足掻いても逃れられぬものもあるだろう。どうだ、しばらく、わしの片腕として働いてくれぬか。」
「私に何が出来ましょう?」
カケルの答えに、摂津比古はじっと考えた末に言った。
「そなたは、この先、どうしたいのだ?葛城王に逢い、アスカ姫を妻としたのち、どうする?」
カケルは、ナレの村を出てから、自らの生きる意味を問い、自らに求められる事に全力を尽くしてきた。もちろん、常人にはない大きな力を持っていることで、為し得た奇跡もあったが、この難波津にそれを必要とする事などないと思っていた。
カケルは答えに窮している様子を見て、摂津比古は言った。
「まあ良かろう。しばらく、傍でわしの仕事を見ておれ。きっと、カケル殿の力を必要とする事が見つかるだろう。そして、その先には、カケル殿にしか出来ぬ事が見えてくる。」
摂津比古は、酒を杯に注ぎながら大きな声で言った。カケルは、戸惑っていた。
「その顔は、事態は理解したが、わしは信用できぬと言いたげだな。まあ、それくらい用心深いほうが良い。この先、都へ行こうと思うなら、容易く人を信用せぬほうが賢明だろう。」
摂津比古は、カケルの胸中をずばりと言い当てていた。カケルは言う。
「一つ、お伺いして宜しいか?」
「おお、答えられるものは何でも話してやろう。」
摂津比古は少し酔っているようだった。カケルは、傍に居る面をつけた男を見て言った。
「使いに来た者も、あそこに控えている者の、皆、面をつけております。あれは一体・・。」
そこまで言うと、摂津比古は、ふうと息を吐き出して、少し残念な顔をして言った。
「カケル殿も、あの者を見て不気味に思われるか?」
「いえ・・・そうではありません。面をつけているのは、何か事情があるのかと・・・。昔、九重で、手下を黒尽くめの服装に面をつけさせ、手下として使い、命さえ軽んじ、野心に満ちたラシャ王という男と戦った事があり・・・もしや、それと同じのかと・・・」
摂津比古は少しふらつく足で立ち上がると、控えていた男の傍に行き、耳元で何か囁いた。男が、こくりと頷くと、摂津比古は、「済まぬ」と小さく言った。すると、面をつけた男はするするとカケルの傍に近づき、正面を向くと、そっと、面を取った。カケルはその顔を見て、うっと小さく漏らし田が、じっと男の顔を見つめた。男の目は、最初険しかったが、カケルの視線を感じて徐々に柔和になった。
「もう良かろう。さあ、戻れ。済まなかったな。」
摂津比子が言うと、男は、摂津比古に低く頭を垂れたまま言った。
「いえ・・カケル様は、私の顔を真っ直ぐ見られました。忌み嫌う事無く、いたわるように優しい眼差しでした。・・何故か、心の中にほっとした者を感じる事ができ、嬉しゅうございました。」
「ほう・・」
男の言葉に、摂津比古は、驚いた表情でカケルを見た。カケルの目には涙が浮かんでいた。
摂津比古は再び、座り込むと、杯を手に少し沈黙した。
「カケル殿、この者たちを見て、どう思ったのだ?」
「・・はい・・思ったとおり、悲しき定めを背負われていたのですね。・・。」
「実はな・・このような者達を、ここでは念ず者(ねんずもの)と呼んでおる。あの高楼の下の小屋に何人かいる。ここに居る者の中には、病が進んだ者もいる。少しずつ肉が落ち、骨が見え、動けなくなるようだ。」
「やはり、そうでしたか。・・面をつけたのは?」
「あれは、わしの指図ではない。彼らが望んでつけたのだ。醜い顔を見て、忌み嫌い、石を投げる者さえ居る始末だ。彼らは、港の者たちに、そういう不快な思いをさせぬように気遣っているのだ。」
カケルは、摂津比古の心の底を見た気がした。
「何か、直す手立ては無いのですか?」
「一度、韓から来た薬師に診させようとしたが、忌み嫌い、まともに見ようともしなかった。今は、毎日、綺麗な水で身体を洗い、布で包み、痛みを和らげる程度しか出来ぬ。わしの力が足りぬようだ。済まぬな。」
摂津比古は男に声をかけた。控えていた男は啜り泣きをしていた。

1-4弥生大屋根.jpg
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