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1-5 八百万の神 [アスカケ第5部大和へ]

5. 八百万の神
「判りました。明日から、私は摂津比子様のお供をさせていただきます。」
カケルの気持ちは固まった。
「おお、そうか。良し、ならば、明日の朝、わしと供に河内の内海へ船で出るぞ。良し、良し。これは面白くなりそうだ。・・ときに、カケル殿、その布包みはなにか?」
摂津比古は、カケルの脇に置かれた布包みを指して訊いた。カケルは、布包みを手に取ると、広げて、剣と弓を取り出した。
「難波津の港では先ごろ、兵が人夫を切り殺すという痛ましい事件が起きたそうで、腰に剣をつけて歩くのは危険だとイノクマ様から聞き、こうやって包んでおりました。」
「その剣を見せてくれぬか?」
カケルは、摂津比古に剣を手渡した。摂津比古は、剣を手にして、じっと造作を見ていた。
「見たことも無い形をしておる。鞘は、鹿皮か。見事な作りだ。カケル殿はこれをどこで手に入れられた?」
「この剣は、九重のナレの里で作ったものです。鞘は、父と母が拵えてくれました。」
「ほう・・作ったと言ったが、ナレには刀鍛冶がおったのか?」
「いえ、私自身で作ったものです。古き書物を読み、砂鉄を集め、蹈鞴でハガネを作り、剣にしたのです。・・もちろん、里の者も手伝ってくれました。」
「何?そなたが自分で?・・だが、ナレの里を出たのは、十五の年と聞いたが・・・その前に作ったというのか?」
「はい・・・ハガネ作りまでは尊様たちに力添えもあり、何とかできました。そこから、剣には叩き伸ばし、一昼夜かけて出来ました。」
カケルの言葉を聞き、摂津比古は剣を抜こうとした。しかし、ビクともしない。
「一体、どうしたことだ。抜けぬぞ。」
摂津比古はそう言うと、カケルに剣を戻した。
「この剣は、私にしか抜けぬのです。」
カケルはそう言うと、剣を奉げ眼を閉じ、祈るような仕草をして一気に引き抜いた。
カケルは剣を右手にかかげた。ほのかに光を発しているように見える。
「その剣・・何故、光を放っておるのだ。まるで何かが宿っているように見えるが・・。」
摂津比古は驚きを隠せなかった、
「これを作り上げる時、遥か昔、遠く韓の国から、九重の果てまで我が一族を導き、里を作られた尊様の御霊が、じっと私をお守りくださいました。そして、完成した時、大きな稲妻に打たれたのです。・・ナレの里の巫女様は、この剣には八百万の神が宿っていると申されました。」
「なんと、高貴な光だ。見ているだけで心が満たされていく様でもあり、己の愚かさを教えられるようでもある。畏れ多き力を秘めておる。・・・わしには強すぎる力のようだ。・・・済まぬが・・鞘に収めてくれぬか。」
摂津比古は、剣の光に当てられ、やや疲れた表情を見せた。
「カケル殿が、邪馬台国を蘇らせ、アナト国の新しき王を助け、さらには伊予国にも安寧をもたらされたという話は、この者から聞いていた。さらに、瀬戸の大海に潜む魔物をも倒したと聞いた時には、あまりにも出来すぎた話で、おそらく、半分は作り話ではないかと疑っていたのだが・・その剣を見て、納得した。そなたは、八百万の神に守られておるのだな。」
「八百万の神々の力はいつも感じております。おそらく、こうして摂津比古様とお会いできたのも、きっとお導きに違いありません。」
「ほう・・神のお導きか・・昔、同じような事を聞いた事があるな・・」
摂津比古は小さく呟くと、幼い頃の、葛城王との出会いを思い出していた。摂津比古は、に生まれた。父と伴に山中で、獣を追う毎日だった。その日は、大和の山中まで足を伸ばしたが、獲物が取れないばかりか、父が川に落ち怪我をして動けなくなった。少年であった摂津比古は、助けを求め、ひとり川を下り、川辺にいた葛城王と出遭ったのだった。それ以来、摂津比古は葛城王に仕え、この難波津を取り仕切るまでになった。あの時、葛城王と出会っていなければ今日の自分は無かったと思っていたのだった。

「よし、酒と食事を運べ。今宵は気分が良い。宴を楽しむぞ!」
摂津比古の言葉を聞き、先ほどの男がさっと下がって行った。しばらくすると、何人もの女人が魚や飯、果物が盛られた大皿を抱えてやってきた。そして、その女人が下がると、煌びやかな衣装で、薄く透けるような羽衣をまとった娘が、数人の女人に付き添われて広間に顔を見せた。
「おお、これは美しき哉。さすがに、葛城王の姫。都のどの女人よりも美しいぞ。」
摂津比古の言葉に、カケルは目を疑った。目の前に居る高貴な雰囲気を持つ娘は、アスカだったのだ。伴っているのは、摂津比古の奥方と娘たちであった。
「本当に、驚きました。髪を漉き、わずかに紅をいれただけですよ。真白き肌が天女のごとく美しい。これなら、兄者も喜ばれまする。」
奥方はそう言うと、摂津比古の隣に座った。幼い娘達も、摂津比古の周りに座った。
カケルは、アスカに見とれてしまっていた。
「カケル様、それほど見つめないで下さい、恥ずかしくて溜まりません。」
アスカの言葉に、ようやくカケルは我に帰り、真っ赤になった。アスカは、そっとかけるに寄り添うように座った。
「カケル殿、そなたももう少しまともな衣装にせねば釣り合いが取れぬな!」
摂津比古の言葉に、皆、大笑いした。カケルは、摂津比古にどこか、故郷の父の姿を重ねていた。

1-5衣装.jpg
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