SSブログ

1-6 草香江(くさかのえ) [アスカケ第5部大和へ]

6. 草香江(くさかのえ)
「護衛として、着いてまいれ。衣服も用意した。剣と弓も忘れるな。」
摂津比古は、宴の終いにそう言って、寝室へ下がっていった。
カケルとアスカには、それぞれに部屋が用意された。
アスカの部屋は、摂津比古の奥方の隣、館の一番奥であった。
「葛城王の姫である。いずれ、王に面会できるまで、守らねばならぬ。」
摂津比古はそう言って、館の中でも最も安全な場所に、アスカを置いたのである。
カケルに用意された部屋は、高楼の中段にあり、窓を開けると、夜の闇の中、港のあちこちに灯された篝火の明かりが見えた。大きな運命の歯車が動き始めている。カケルは、港の明かりを見ながらぼんやりと考えていた。

翌朝、摂津比古は、カケルを伴って、河内の内海へ、船を漕ぎだした。
「この衣服は少し目立ちすぎはしませんか?」
カケルは、真っ赤に染められ、ところどころに金糸の刺繍が入った衣服を気にした。
「いや、よく似合っておる。それは、若い頃、わしが着ていたものだ。葛城王をお守りする役を仰せつかっていたのだ。そなたも、護衛ならば当然であろう。」
もともと、身丈の大きなカケルが、派手な衣装を纏い、さらに大きく見えた。
船は、静かな海を滑るように進んだ。
「これが、河内の内海だ。波も無く静かだろう。あそこに見えるのが生駒の御山だ。・・わしはあの山中の里で生まれた。・・山猟師の父に着いて、野山を駆け回ったものだ。」
船は、生駒山を目指し進んだ。
「どこへ向かわれるのですか?」
「もうすぐだ。ほら、そこに見えてきた。」
船が向かったのは、葦の原が広がった大和川が河内に注ぐ口だった。
川縁には、小さな小屋が幾つか建っていた。焚き火の煙も見えていた。船が近づいてくるのに気付いた者が、小屋の中に声をかける様子が見え、すぐに、小屋の中からばらばらと数人が現れた。船が岸に着くと、みな、跪き、摂津比古を迎えた。皆、館で見た、あの黄色い衣服を纏い、面をつけていた。<念ず者>たちがここには住んでいるようだった。
「統領様、変わりはありません。」
「そうか・・気を抜くな。」
摂津比古は厳しい声でそう言うと、生駒山の方角をじっと見つめた。
その様子から、ここは、難波津を守るための砦であることは、カケルにも容易に見当がついた。
「皆に、紹介しよう。・・この者は、カケルと言う。九重の果てからはるばる難波津に参った。我らの知らぬ大いなる力を持っているようだ。しばらく、わしの護衛をする。良いな。」
摂津比古の言葉に、皆、深く頭を下げた。
「カケルと申します。」
男達は、カケルをチラリと見ると、カケルの衣服に驚いた様子だった。
「統領様、あの服は・・。」
一人の男が呟いた。摂津比古はにやりとして、言った。
「気付いたか。そうだ、わしの服だ。・・立派なものだ。護衛役にはちょうど良かろう。」
振り返った摂津比古に、カケルは訊いた。
「摂津比古様、ここに居られる者達は・・やはり、あの病を?」
「ああ、だが、皆、何か役に立ちたいと申してくれてな。・・・それでここらに住んでおる。」
「ここは、難波津の防人たちの住まいなのですね?」
「ああ、そうだ。ここより先、生駒山まで一里ごとに、数人が暮らしておる。何か、あれば、すぐに、館に知らせが届く。この者達が居てくれるからこそ、難波津で安心して仕事が出来るのだ。」
摂津比古は、そう言うと、傍にいた者に訊いた。
「どうだ、皆は変わりないか?」
「痛みが強くなり、動けなくなった者が一人。介抱しておりますが・・なかなか・・。」
「そうか。では、その者は、あとで館へ連れてまいれ。皆、大事にせよ。」
摂津比古は、そう言うと、跪いている念ず者たちの肩を撫でた。
「さあ、戻ろう。」
摂津比古は船に乗った。カケルは、面をつけて者たちに頭を下げ、摂津比古に続いて船に乗った。舟は、葦の原を抜けて、河内の海に出た。
摂津比古は漕ぎ手に何か言うと、舟は止まった。
「ここらは、草香江(くさかのえ)と呼ばれておる。昔は、ここにも里があったのだ。だが、度々、水が溢れ、ここら一体が沼のようになった。いまも、少しずつ水嵩が増している。・・何とかせねばならないが・・・」
摂津比古の言葉どおり、水際に棄てられた家が建っていた。水の中を覗き込んでみると、人家の跡も見えた。
「摂津比古様、私は、明石の里で水路作りを手伝いました。そこも度々水害に遭い難儀をしておりました。・・何か、出来る事があるかもしれません。」
「ほう・・そうか・・。」
「河内の内海は、瀬戸の大海とどこでつながっているのでしょう?」
摂津比古は少し考えてから、
「よし、見てみるか。・・舟を進めよ。」
二人が乗った舟は、難波津の先へ進んで行った。

1-6香江.jpg
nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0