SSブログ

1-9 効果 [アスカケ第5部大和へ]

9. 効果
一通り、治療を終え、<念じ者>は館の風の抜ける広間に寝かされた。
「これで良くなればいいのですが・・・。」
アスカは、そっと呟いた。カケルは、一部始終を見ていて、ある事を思いついた。
「アスカ、傷を洗い膿を取り、綺麗な布で捲くのは良いが・・おそらく、布が乾き、傷口に貼りついてしまうだろう。・・傷口に何か施した方が良いな。」
「ええ・・何か・・よい方法はないでしょうか?」
「昔、傷を負ったとき、葦野の里で、どくだみの葉を貼り付けてもらったことがある。あれなら、傷口に貼りつくこと無いだろう。・・どこかで手に入れ、使ってみたらどうだろうか?」
「・・まあ、それはきっと良いはずです。」
アスカはカケルの考えに賛同し、すぐに女人たちを集めた。
昨日、スミレを摘んだ女人たちは、アスカの話を聞きすぐに篭を持ち、再び、山へ出て行った。

翌日からは、同様の治療に加え、傷口にどくだみの葉を貼り付けるようにした。三日ほど経つと、傷口からは黄色い膿は出なくなっていた。
「随分、楽になりました。ここへ来た時は、体中が痛くて溜まりませんでしたが・・もう、痛みも無くなりました。」
<念じ者>は、布を捲かれながら、笑顔で言った。
摂津比古と奥方は、感心して聞いていた。
「もうしばらくで、普段のように動けるようになるでしょう。今日まで、痛みに耐え頑張られましたね。貴方がいらしたからこそ、ここまで来れました。本当にありがとうございました。」
アスカも<念じ者>の手を取り、喜んだ。

「よし、これなら直せそうだな。・・他の者も、治療をしよう。」
摂津比古は、これまでの様子を見て、確認するように言った。
それに応えるようアスカが言う。
「おそらく、これほど病が進んで居られぬ人ならば、あの煎じ薬を飲むだけでも良いかもしれません。あるいは、湯で身体を洗い、どくだみの葉を貼るだけでも効果はあるでしょう。薬草もそれほど多くありませんから、まずは病の進んでいる方から治療を始めましょう。」
「そうか・・・ならば、一人ひとりの様子を確かめると良いな。」
摂津比古は、動ける<念じ者>を集めて、皆の様子を調べさせた。そして、動けぬほどに病の進んだ者を館に運ばせ、動けるものには、薬草を採るように命じた。
最初は、躊躇っていた女人たちも、ナツが進んで、湯で身体を洗う仕事をし、元気な様子を見て、病は簡単には罹らぬ事が判り、アスカを援けるようになった。ナツは、皆に、どのように身体を洗えばよいか、どうすれば痛みが少ないか、熱心に教えた。

難波津で、身体が爛れる病の治療をしているという話は、港に着く船を通じて、西海の国々にも伝わり、時には、遥か遠方からも、治療の方法を知る為に、訪れる者も現れるようになっていた。
摂津比古は、館の隣に、治療を行なうための建物を作った。そこには、病の者が休む部屋を始め、湯を沸かす為の竃や、煎じ薬を作る場所、そして、庭には薬草を育てる畑も作られた。噂を聞いて、近くの里から多くの女人たちも集まり、病の者への治療の手が増えていった。
最初に治療をした<念じ者>は、爛れた皮膚もすっかり無くなり、普段の暮らしが出来るようになっていた。
「アスカ様、私にも、漢や韓の文字を教えてください。」
ある日ナツが、仕事をしながらアスカに言った。
「ええ・・良いけれど・・・文字を覚えてどうするの?」
「はい、きっと他にもいろいろな病の治し方があるでしょう。それを見つけたいのです。」
ナツの目は輝いていた。アスカは思った。ナツの言うとおりだ、この病に限らず、熱にうなされたり、吐き戻したりして命を落とす者は居る。怪我をして動けなくなったものもいる。そうした者たちも、ここで治療できるようになれば、きっと皆がもっと安心して暮らせるはずだった。
「良いわね・・・私もまだ良く判らない言葉はあるけれど、一緒に、探してみましょう。・・カケル様にもお教えいただければ良いでしょう。」

アスカの治療が順調に進んでいるのとは裏腹に、カケルが手掛けている、河内の内海の水害への対処は思うように進まなかった。
何度か、外海と内海を繋ぐ干潟に、濠を作れないかと模索し、石を運んだり、土嚢を積み上げたりしたが、大潮が来る度に全て壊されてしまっていた。

ある夜、高楼の部屋にいたカケルの処へ、アスカがナツを伴って顔を見せた。アスカは、ナツが言い出した話をカケルに聞かせた。するとカケルが済まなそうな表情で言った。
「アスカ、私は、摂津比古様には許しを貰い、明日には、明石のオオヒコ様のところへ行くことにしているのだ。・・あれだけの港を作られたお方なら、何か妙案をお持ちかもしれない。」
長い期間、二人が離れるのは、九重のハツリヒコの砦での戦以来の事だった。アスカの胸に、何か途轍もない不安がこみ上げてきた。しかし、今、この地を離れるわけにはいかない。ようやく治療の順調に進み始めたところだ。
カケルは、不安そうなアスカに気付いた。
「すぐに戻る。イノクマ様の話では、三日もあれば戻れるそうだ。戻ったら、ナツとともに、他の病の治し方も見つけよう。それまで、待っていてくれ。」
夜空に輝く月に、黒い雲が掛かっていた。

1-9どくだみ.jpg
nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0