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1-14 一族の契り [アスカケ第5部大和へ]

14. 一族の契り
「巫女様、いかがされましたか?」
巫女は、そっと涙を拭うと、目を見開き、カケルを見つめて言った。
「この歳になって、再び、殷義様の名を聞こうとは・・・」
「ご存知なのですか?
巫女はさきほどまでの厳しい表情とはうって変わって、柔和な表情でカケルを見ながら答えた。
「ああ・・我が一族の祖は、明義(みんぎ)様と言われる。…そう、其方たちの祖、殷義様の兄者じゃ。我が一族の言い伝えでは、大陸から一族で命からがら、倭国へ逃れ、赤間の地にたどり着かれたそうじゃ。そこで、一族は東国へ向かうか九重へ向かうか相談されたそうだ。殷義様は、九重の邪馬台国を頼ろうと申された。しかし、明義様は、狗奴国へと向かうべきだと考えられた。そこで、一族は二手に別れることにした。いずれかが無事生き延びれば、一族は絶えずに済むからな。」
「では、我らナレの一族と、忍海部一族とはひとつのものだと?」
カケルは訊いた。
「ああ・・実は、殷義様、明義様には、さらに上に兄者が居られたそうじゃ。その御方は、この地までは共に参られたのだが・・さらに、東国へ向かわれたと伝えられておる。」
「では、更に東の地にも、我が一族と縁のある者たちがいると仰せなのですか?」
巫女は少し戸惑いがちに答えた。
「無事に生き延びられていればの話じゃ。あるいは、倭国の者たちに紛れ、息を潜め生き延び、もはや、祖の言い伝えなど途絶えておるかもしれぬがな・・・。」

巫女とカケルのやりとりを聞いていた男達には、全ての話が夢物語のように聞こえていた。カケルを案内したレンさえも、巫女の口から聞かされる話に驚くほかなかった。
「私は、九重の地を巡り、アナトの国から、伊予、吉備、播磨、難波津まで旅をしました。アナトの国には、はるか昔に築かれた岩砦を見ました。同じものが、九重にもありました。おそらく、ここにもあるのではないですか?」
カケルの言葉に驚いたのは、レンだった。
「岩砦とは・・・其方、それも知っておるのか?」
「はい、いずれも見事な造りでした。九重の里の者には到底作れぬ、頑強で山地を巧みに使ったものばかりでした。・・おそらく、ここにもあるのではありませぬか?」
レンは半ば呆れたような表情でカケルを見た。巫女が言う。
「岩砦は、確かに其方の言うように、この先の尾根の最も先に作られておる。そこからは、明石の湊さえ見通せる。」
「やはり、そうでしたか。」
「我ら一族は、はじめ、明石の辺りに住んでおった。だが、倭国と争いが度々起きた故、この山へ身を潜め、砦を造り、倭国の者とは断絶して、長い時を平穏に過ごしてきた。じゃが・・・。」
巫女は、何かを思い出したように、声を震わせ、涙を零した。その様子を見て、レンが代わりに話し始めた。
「ちょうど一年ほど前であった。男が一人、この山の奥で行き倒れとなっていたを、猟に出た者が見つけてきて、介抱した。すぐに男は元気になったが、自分の名も、里も思い出せぬと言い、仕方なくここへ置くことにしたのだ。」
「もしや、その男が剣を奪い、逃げたのだと?」
カケルの問いにレンは続けた。
「ああ、それだけではない。我が里の男を何人か殺し、剣を奪い逃げたのだ。我らはすぐに奴を追い、船で川下へ下っている奴を見つけ、矢を放った。矢は奴の身体を貫き、そのまま川へ落ちたが、船はそのまま流れていってしまったのだ。」
これで、淵辺あたりの岸辺に出没した男たちの理由が分かった。
「剣は戻った。そなたのお陰じゃ、何と礼を申せば良いか。・・」
改めて巫女や男たちは、カケルに頭を下げた。カケルはふと思いつき、訊いた。
「その男は、何故、剣を奪ったのでしょう?」
レンは、周りに居た男たちを見回し、了解を得るようにして口を開いた。
「明石や淵辺でないと判った以上、おそらく、その男は、ここより北の、山向こうから来た者でしょう。」
「ここより、さらに北に・・里があるのですか?」
「いえ・・確かな事はわかりませぬ。淵辺や明石の者で無いのなら、北から来た者だとしか・・剣を奪った理由も定かではありません。いずれにせよ、この里へ他の地から入り込んだ者など滅多にありません。それゆえ、我らは怖ろしくてなりません。災いが起きるのではないかと・・。」
巫女は、手にした占いのための五色石を握り締めて言った。
外の世界と隔絶して生きてきた一族には、外界の様子を知る事など出来ない。淵辺や明石の者にとっても、わからぬ者たちへの不審は強い。カケルは、提案した。
「我がナレの里には、アスカケという掟があり、若者は外へ出て様々な知恵を得て、ある者は里へ自らの生きる役割を持ち帰り、ある者はそのまま外の世界で生きる事になっております。おそらく、隠れ住む事だけでは、一族の行く末が閉ざされると先人達が考えたのでしょう。忍海部一族の皆様も、淵辺や明石とも分かり合い、助け合う道を開かれてはいかがでしょう。」
カケルの言葉に、レンをはじめ社にいた者はみな顔を見合わせた。
巫女はカケルの言葉を飲み込んでじっと目を閉じていた。そして、五色の石を振った。

1-14五色石2.jpg
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