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1-17 名を持つこと [アスカケ第5部大和へ]

17. 名を持つこと
 宴の翌日から、再び、カケルは護衛として、摂津比古に同行した。
摂津比古は、港を一回りして、船や荷の様子を見て回る。苦労している者が居れば、すぐに手伝いを遣し、船の修理なども手配した。まるで、小間使いのように、皆から話を聞き、取引でもめる様なことが起きていれば、自らの財を持ち出して収める。
護衛として同行するカケルは、摂津比古の懐の深さには感服していた。

カケルは、明石から戻ってから数日、アスカとの約束どおり、他の病気の治療について、ナツも加わって、難波津にあった巻物を調べた。
ナツは、カケルの留守中、アスカの手ほどきで古い巻物の読み方を少しずつ覚えていて、三人は夜遅くまで調べ物をした。
カケルは、忍海部一族のところからも、巻物を一つ携えていて、その中には、ナレの村にも、難波津にもなかった事が書かれていた。
一通りかかれている事に目を通し、身近にみたことのある病について、アスカなりに理解した。そして、治療院にいる患者の中で、同じような症状を見つけては試す日々が続いた。ナツは、アスカについて必死に覚えた。

護衛の仕事に戻って、数日した時だった。
「摂津比古様、ひとつご相談があります。」
港の先で潮を流れを見ていた摂津比古にカケルが切り出した。
「・・内海の水害を止める手立ての事か?」
摂津比古は、じっと潮を見ながら答えた。
「はい。明石で潮の流れが変わったことで大きく砂浜が無くなったのを見ました。ここも潮が運ぶ砂がどんどん堆積して、内海の水を堰き止めている。ならば、潮の流れを変える事ができれば、きっとここの流れも良くなるはずです。」
「潮の流れを変えるというのは難儀なことだぞ?」
「明石で、潮の流れが変わったのは、淵辺に作った水路を作ったからです。ここでも、同じように水路を作れば、自然に潮の流れが変わるのではないかと思うのです。」
「水路か・・。」
「はい、内海に溜まった水を吐き出す水路を作るのです。」
「しかし、あの岬の辺りでは無理なのはわかっておろう。」
「はい。もっと別の場所に水路を作るのです。」
カケルは、摂津比古と話をしながら、徐々に、水路を作る策への確信を強めていった。砂が堆積している難波津ならば、おそらくどこかに容易に水路を作れる場所があるはず。砂を掘るのはさほど難しい事ではない。
「摂津比古様、私に少し時をいただけませんか。難波津を隈なく調べ、水路を作るに相応しい場所を探します。」
「良かろう。まだ確信はないが、そなたが考えるようにやってみるが良い。」
カケルが水路を作ろうと考えていることは、同行していた《念じ者》から仲間に伝わっていた。翌朝、カケルが身支度を整え、出かけようと、高楼から降りてきたところに、《念じ者》が数人待ち構えていた。皆、跪きカケルを待っているようだった。
「いかがした?」
カケルが問うと、一人が口を開いた。
「この難波津に水路を作られるとお聞きし、お手伝いをさせていただきたく集まっております。」
すると、他の者も続けて言った。
「我らの仲間は、皆、アスカ様に命を救われ、今では動く事も出来るほどになった者の数多くおります。せめて、何かご恩返しがしたいのです。・・難波津を調べて回られるのであれば、我らが案内いたします。草香江辺りの事は我らが一番よく知っております。」
カケルは、《念じ者》の申し出を快く受ける事にした。
「わかりました。是非にもお手伝いいただきたい。私一人では何も判りません。」
控えていた《念じ者》たちは、皆、顔を見合わせ喜んだ。
「ですが・・ひとつ困った事があります。」
カケルの言葉に、《念じ者》たちは不安な顔をした。
「皆様の名を知りません。これでは、お願いする時に困ります。皆様の名をお教え下さい。」
《念じ者》たちは、再び、顔を見合わせた。これまで、《念じ者》と人括りにされ、名など呼ばれたことは無い。面を被っているため、摂津比古さえ、一人ひとりの名を呼ぶことは無かった。名を問われて、皆、困っていた。一人が口を開いた。
「病になり、皆、里も名も棄てたものばかり。遥か昔の名を問われても・・・。」
「ならば、こうしましょう。一人ひとり、新たに、名を持ちましょう。それに、《念じ者》という呼び名も止めましょう。・・・病の痛みを堪える声が何かを念じるように聞こえるから《念じ者》と呼ばれるようになったと聞きました。皆様はすでに念じる声など出されておりません。」
《念じ者》たちは、カケルの言葉に驚き、涙した。
「では、貴方からだ。・・何か好きな言葉はありませんか?」
「私は、皆の中では、イワと呼ばれております。大きな岩のような風体から・・。」
「では、イワヒコ様とお呼びしましょう。」
「イワヒコ?・・イワヒコ、私の名はイワヒコ。これは良い。」
カケルは、次々に、男達に名をつけた。イシヒコ、ソラヒコ、ヤマヒコ、マツヒコ・・・皆、たわいの無い名ばかりだが、かつて名を呼ばれることも無かった者にとって、命を吹き込まれたような思いだった。

1-17楼閣.jpg
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