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1-21 火急な用 [アスカケ第5部大和へ]

21. 火急な用
水路作りが始まって、一年近くが経とうとしていた。水路は七割がた出来、見事な水門も完成間近となっていた。
「カケル様!カケル様は居られぬか!」
摂津比古の使いが慌てた様子で、水門作りの場所にやって来た。
カケルは、切り出された岩を積み上げる仕事を見守っていた。
「いかがされましたか?」
摂津比古野使いのうろたえた様子に、仕事をしていた男達も手を止めて摂津比古を見た。
「摂津比古様が火急の要件と言われて・・すぐに館へおいで下さい。」
カケルは、ソラヒコたちに当面の段取りを伝えるとすぐに、摂津比古の館へ向かった.

館に行くと、アスカもカケルを待っていた。
二人が広間に入ると、摂津比古は敷物の上に座りこんでいて、まだ迷っている様子だった。
「水路作りはまだ途中ゆえ、私も苦慮したのだが・・。」
しかし、カケルは、重大なことがおきたのだろうと察した。
「何があったのですか?」
「・・うむ・・実は、都におわす葛城の王君が危ういとの知らせが届いたのだ。都は、豪族達が争い、戦で荒れておる。終に、その火が葛城の王君にも近づいておる。」
「逃れるか、戦う術をお持ちではないのですか?」
「葛城の王君は、かねてより、大和皇君の争いには加わらぬと申され、都の奥深くにお隠れであった。だから、兵もほとんどお持ちではないのだ。」
「では、私に、王君をお救いする役をと・・申されるのですね?」
「ああ・・だが、多くの兵を引き連れていくのはかえって王君を危うくする。人目を忍び、館へ行き、何としても、王君をここへお連れしたいのだ。」
カケルは戸惑った。
「オオヒコ殿から、そなた達が西海で起こした奇跡を聞いた。そなた達ならば、この役ができるのではないかと考えたのだ。」
摂津比古は、是非にもと言う様子でカケルとアスカに話した。
難波津に来て、二年近くが経とうとしていた。アスカの父である葛城王との面会を心待ちにしていたアスカは、葛城王の窮地を聞きいてもたってもいられない気持ちだった。
「戦の中へそ、なた達を送り出すのは、本意ではない。しかし、このまま葛城の王君の身に万一の事があれば、そなた達をここに引き止めたことが仇となってしまうであろう。その前に、なんとしても葛城の王君に逢い、お救いしたいのだ。」
摂津比古の思いは痛いほど判った。だが、見知らぬ土地へ忍び込むのは容易い事ではない。
アスカは、カケルをじっと見つめ、カケルの決断を待った。
「わかりました。すぐにも出立いたしましょう。ですが・一人、道案内をしていただける者をお願いします。不案内な土地ではやはり・・。」
「そうか、行ってくれるか。・・すでに案内役は控えておる。おい、出て参れ。」
摂津比古の声に、広間の奥から女人が一人顔を出した。
「この者が、都の様子を知らせてくれたのだ。ハルヒと申す。山中を抜け、ここまで来た。この者なら、兵に見つからず、葛城王の処まで案内できるはずだ。」
紹介されたハルヒという女人は、アスカと同じくらいの歳格好で、白い麻服を纏い、長い黒髪は一つに縛られていた。
顔を上げると、強い眼差しでカケルとアスカを見た。
「北より多くの兵が寄せているという話を聞き、すぐに難波津へお知らせせねばと参りました。王君は、病で臥せっておいで、逃げる事もならず、何としてもお守りせねばなりません。」
真っ直ぐに二人を見つめ、ハルヒはしっかりと話した。
「お傍には誰か居らぬのですか?」
カケルの問いに、はっきりとした口調で言った。
「イコマのミコト様が居られます。が、兵は僅か。ほかに、身の回りのお世話をする女人が数人ほどです。」
「わかりました。では、支度を整えすぐにも参りましょう。アスカ、供に行くか?」
アスカは強く頷いた。

カケルとアスカは、アナトの国で貰った旅の衣服に着替え、剣と弓を持ち、わずかな食料を携えて旅立つ事にした。館を出て、アスカは急いで治療院に行き、ナツに全てを託した。
「大丈夫です。教えられたとおり、しっかり務めます。」
ナツは飛鳥の手を強く握り、道中の無事を祈った。
館の前では、港にいる者にもカケルとアスカが旅立つことが知れ、皆が見送りにやってきた。
「必ずや、葛城の王君をお連れいたします。」
カケルは皆に誓い、館を後にした。カケル一行は、水門を作っているところに立ち寄り、ソラヒコに全てを任せると告げた。岩の切り出しを手伝っていた、忍海部の男が、女二人を連れ旅立つカケルを見て、慌ててやってきた。
「こいつをお連れ下さい。」
名は、モリヒコと言った。二十歳を少し過ぎたほどで、カケルに劣らぬ屈強な若者であった。
「巫女様より、カケル様をお助けせよと命じられておりました。一族の中では一番の弓使いとされております。きっとお役に立てるはずです。」
四人は、大和めざし旅立った。

1-21二上山.jpg
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