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2-1 二上山の峠道 [アスカケ第5部大和へ]

第2節
1. 二上山の峠道
大和に入るには、草香の江に注ぐ大和川を遡るのが、もっと容易な道だったが、そこは、此度、戦を仕掛けている平群(へぐり)一族の里であり、容易く葛城王の下へは辿り着けない。さらに南の二上山の峠越えでも、北を抜ける穴虫峠を越えても、円(まどか)一族の里を通らねばならなかった。円一族は、平群一族と戦を構えており、此度、葛城の王君を脅かしているのも、円一族ではないかと考えられた。
四人は、更に南側にある、もっとも厳しい竹内(たけのうち)峠を通る事にした。
季節は、晩秋に入っていた。山の木々も葉を落としはじめ、山道は比較的歩きやすい。
難波津を発って二日目には、峠近くに達していた。さすがに日暮れも早く、寒さもひとしおとなり、四人は峠に向かう途中で、岩の窪みを探して休む事にし、焚き火を作り、身を寄せ合った。

カケルとアスカにとっては、久しぶりの旅であった。
九重から難波津まで、長い長い道中をともに凄し、時に命を落としそうな危険な目にも遭遇してきた。しかし、難波津についてから2年近く、安住の暮らしを過ごしてきた。再び、こうした旅に出ようとは思ってもいなかった。
「アスカ、寒くは無いか。」
カケルが労わるように訊いた。アスカは、何か懐かしい気持ちに包まれていた。
モリヒコとハルヒは年も近く、すっかり意気投合しているようだった。
「葛城の王君は如何なる御方なのですか?」
アスカは、ハルヒに訊いた。ハルヒは眼を閉じ、王君の姿を思い浮かべるように言った。
「とても穏やかで、聡明で、どのような身分にものにも分け隔てなく接していただける御方です。幼き頃、母が病になり、それをお知りになった大君が館へ入れてくださいました。母はまもなく亡くなりましたが、私はそのまま館へ置かれ、他の女人たちとともに王君のお世話をいたしておりました。」
「父様は?」
モリヒコが訊いた。ハルヒは、少し悲しげな表情を浮かべ答えた。
「知りませぬ。母は、大伴一族の生まれとは聞きましたが、父の事は・・。知らぬまま、母を亡くしました。」
「では、葛城の王君は、ハルヒの父様のようなものか・・。」
モリヒコが呟くように言った。
「ええ・・我が父と思ってお世話をさせていただいておりました。」
ハルヒやモリヒコは、アスカが葛城王の娘とはまだ知らなかった。アスカは、ハルヒを少し羨ましく感じていた。
「モリヒコ様の父様、母様は?」
ハルヒが訊く。モリヒコは、少し戸惑うような表情で答えた。
「我が忍海部一族は、生まれてすぐ、ほかの子とともに過ごすのが掟。皆が一族の子であり、巫女様が大母様であり、長様が大父様と決まっている。」
「でも、父様、母様はいらっしゃるのでしょう?」
「ああ・・だが、そう呼ぶことはなかった・・。」
隠れ里である忍海部一族が、息を殺すように生き伸びる定めの中で、一族の結束を強めるための厳しい掟なのだろうとカケルは思った。
「アスカ様の父様や母様は?」
ハルヒは、まるで少女のように無邪気に尋ねた。アスカはどこまで話すべきなのか、答えに困った。カケルは、すぐにアスカの様子に気付いて、代わりに答えた。
「アスカは、遠く九重にある、ヒムカの国、モシオの里で私と出会った。まだ幼い少女だった。親を知らず、里の長に拾われたのだったな。」
アスカは、カケルを見て頷いた。ハルヒは、すぐに、いけない事を聞いてしまったのだと感じた。
カケルは、その様子に構わず続けた。
「私の里は、九重の高千穂の峰の麓、ナレの村。父はナギ、母はナミ。強き父と優しき母であった。山深いところの里ゆえに、暮らしは厳しかった。だが、皆、助け合い生きていた。魚を獲る術、山の実を採る事、火を起こす事・・何もかも、村の皆が教えてくれた。諍いなど無く、長閑な里であった。」
「何故、旅に?」
ハルヒは素朴な疑問をぶつける。
「ナレの村には、アスカケという掟がある。」
「アスカケ?」
「ああ、十五の年になったら、自分の生きる道を見つける為、一度里を出るというものだ。もちろん、自らの意思で行く決断をする。試しの儀式を受け、長老から許されたものだけが出られるのだが・・・。私は、イツキとエンの三人で高千穂の峰を越えて、ヒムカの国へ向かった。」
「イツキ様?エン様?」
ハルヒはすぐに疑問に感じたことを訊ねる。
「イツキは、私の妹同然に育った。・・今は・・邪馬台国の女王として九重を治めている。エンは、幼馴染で、良く遊んだ。エンは、アスカケの中で、イツキの守人となり、ずっと守ってきた。今も、邪馬台国で、イツキの傍にいるはずだ。」
目の前の焚き火を見つめながら、カケルは、アスカケの旅の様子を、ハルヒやモリヒコにゆっくりと聞かせた。カケルの話しを寝物語に、夜は更けていった。

2-1落ち葉の山道.jpg
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