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2-3 山の民 [アスカケ第5部大和へ]

3. 山の民
夜中に物音がして、カケルが目を覚ました。
小屋の真ん中にある、囲炉裏端で、鹿の皮を身につけた翁が座り、火を起こしていた。
「勝手に入ってしまって、申し訳ありません。」
カケルの言葉に翁は振り向いた。
「ここは猟師が夜を過ごす為に作った小屋じゃ。誰が使おうと構わぬ。」
翁はそういうと再び、囲炉裏に向かい火の加減を見た。カケルは立ち上がり、翁の傍に行くと、脇に座り込んだ。
「わしは、當麻の里の猟師、シシトじゃ。そなたらは、山を越えてきたのであろう。」
「はい、難波津から参りました。・・わたしはカケル、伴は、アスカとモリヒコ、それから、葛城の王君の許から参ったハルヒです。・・葛城の王君の館へ向かう途中でした。」
「そうか・・・葛城の館へ向かうのか・・じゃが、遅かったようじゃな。」
「王君の館は兵に襲われましたか・・。」
「詳しくは判らぬが・・二日ほど前じゃったか・・館は火に包まれたと聞いた。」
「では、葛城の王君は?」
「判らぬ。・・・しかし、その後、円一族の兵どもが、山狩りに入っておるところを見ると、王君はお逃げになられたのではなかろうか・・。」
カケルは翁の話をじっと聞き入っていた。そして、翁に聞いた。
「大和の戦はどうなっているのでしょうか?」
「今は、円一族が平群一族を打ち破り、争いが一旦収まりつつあるようじゃ。・・愚かなものじゃ・・もとは一つの一族であったものが争い、殺しあうなどとは・・・。」
「この先はどうなるのでしょう?」
「さあな・・円一族が大和を握るのはまだ先の事であろう。戦はまだまだ続くにちがいあるまい。大和の民はみな苦労をしておるというのに・・・何のための皇君なのか・・・我ら、當麻一族は、戦が始まってから、まともに畑仕事も出来ず、食べ物にも事欠くようになっておる。早く戦が収まり、以前のような暮らしに戻りたいものじゃ。」
「シシト様、戦を収める術はないのでしょうか?」
カケルは唐突だと感じながらも翁に訊いた。
「先の皇君が崩御され、次の世を争う戦じゃ。先代の皇君には皇子は居られぬ。皇女ばかりであり、まだ幼き故に、豪族どもが力を競い、何としても大和を手に入れようとしておるのだ。平群一族と円一族、それに、蘇我一族、大伴一族といずれも、闘いを繰り返して居る。それに、もっとも強き一族が動いておらぬ。」
「最も強き一族?」
「ああ、大和の東を治める、物部一族じゃ。先の皇君を支えておった一族じゃが、此度、まったく動いておらぬ。豪族どもの戦の顛末を見届けてから、動き始めるつもりじゃろう。」
「當麻の方々はいかがされるのでしょう?」
「我らは、皇君を奉じるほどの者ではない。・・この地で、慎ましく暮らせれば良い。誰が皇君になろうが、どこの一族が大和を治めようがかかわり無い事じゃ。」
「もう一つお教え下さい。・・大和には、當麻の方々のように、豪族たちとは関わらぬと決めて居る方々はいらっしゃるのでしょうか?」
翁は少し考えてから、やや憤慨気味に答えた。
「そもそも、大和は、皇君の国。強き皇君が居られれば、豪族などという者など生まれなかった。渡来人の術を得て、皇君に近づき、皇君から、領地や財を得たに過ぎぬ者達なのだ。大和の民にしてみれば、怪しき輩。奴らに関わらぬと決めた民のほうが多いはずだ。」
「そうですか・・・。」
何処も、権力や財力を競い、世を乱す者たちが居ることに、カケルは落胆したように言った。
「まあ、我らがあがいたところでどうにもならぬことじゃ。・・そなたらも、命を粗末にせず生きたほうが良い。・・疲れて居るのじゃろう・・火の番はわしがやるゆえ、そなたも眠られた方が良い。さあ・・」
翁の言葉に、カケルは再び横になり、眠ることにした。

翌朝、アスカが一番に目覚め、朝餉の支度をしていた。ハルヒもモリヒコも、朝餉の支度の音に起こされた。
「アスカ、翁が居られたであろう?」
カケルがアスカに問うと、アスカは麦を入れた雑炊を碗に移しながら答えた。
「ええ、日の出とともに発たれました。この麦は、シシト様に戴いたものです。何かあれば、當麻の里へ寄るようにと言い残されました。」
アスカの話に、ハルヒが反応した。
「え?シシト様?・・シシト様が居らしたのですか?」
「知っておるのか?」
モリヒコが問う。
「ええ・・・當麻一族の長様です。葛城の王君とも、親しくされておられました。温厚で、誰よりも物知りな御方。戦を嘆き、一族を山深くに移されたのです。葛城の王君の事は何かお話されていませんでしたか?」
ハルヒの問いには、カケルが答えた。
「先日、館は火に包まれたそうだ。・・何処かへ逃げられたようだが・・・。」
「まあ・・なんてこと・・」
ハルヒは、思わずその場に泣き崩れてしまった。

2-3山の小屋.jpg
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