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2-5 円(まどか)の兵 [アスカケ第5部大和へ]

5. 円(まどか)の兵
カケルは、三人が屋敷を出たのを見て、弓を構えた。そして、天に向けた矢を放った。
矢は、大きく弧を描き、高い唸り音を上げる。迫り来る兵達は、空高くから響く音に気付き、見上げた。と同時に、すぐ目の前の地面に、ドスンという音と供に、矢は突き刺さった。
「何だ!・・一体、どこから放ったのだ!」
兵の真ん中に居たひときわ体格の良い男が言った。
カケルは、屋敷の塀に飛び乗り、ひらりと舞い上がると、モリヒコ達とは反対側に飛び出し、家の屋根に飛び乗った。そして、屋根を次々に飛び移り、一気に兵達の背後に回った。
次の矢も、同様に高い風切り音を唸り、空を舞う。そして、今度は、兵の後ろの地面に突き刺さった。あたかも、兵の後ろから飛んできたように見えた。
「敵襲か!後ろを取られたぞ!皆の者、構えよ!」
先ほどの男が、そう号令すると、一斉に兵達は弓を構えた。カケルは、里の外れに立っていた大きな楠木に飛び移ると、再び、矢を放つ。今度は、やや斜めに構え、兵を狙った。
「ウグッ!」
弓を構えた兵の一人が、いきなり唸り声と供にその場に倒れた。
兵は、カケルの放った矢に太腿を射抜かれていた。
「うわあ!」
見えぬ敵が足を射抜いたのを目の当たりにして、兵達はうろたえた。皆、その場に突っ伏して様子を伺った。カケルは、今度は、わざと姿を見せてから、もう一本矢を放った。次の矢は、兵の真ん中にすっくと立っている頭目らしき男の脇を掠めて、地面に突き立った。
「居たぞ!あいつだ!追え!」
兵達の頭目と思われる男は、そう号令すると同時に、呼子を吹いた。
あたりに甲高い船の音が響く。すると、周囲から呼応するように短く笛の音が響いた。
カケルは、葛城の館がある里を走り出ると、東に広がる湿原に向かった。楠木の上から、湿原の中に、小船が一艘、隠れるように置かれているのを見つけていた。
カケルは、船の中に転がり込んで身を隠した。
「何処へ行った?よく探せ!」
頭目の号令に従って、兵達が徐々にカケルの潜んでいる湿原へ迫ってくる。
カケルはゆっくりと小船を出した。
「居たぞ!あそこだ!矢を射るのだ!」
岸辺まで迫っていた兵達は、葦の原から漕ぎ出した小船を見つけて、盛んに矢を放った。しかし、兵達の矢はカケルには遥かに届かない。
カケルは小船に立ち上がり、再び、矢を放った。次の矢は、先頭で矢を放っている兵の腕を見事に射抜き、兵はその場にのた打ち回った。その様子に周りの兵達は怖気づき、弓を降ろし始めた。
「何をして居るのだ!早く、射抜け!さあ!」
先ほどの頭目が、最前列まで顔を出し、兵達をどやしつけている。それでも弓を構えようとしない兵を足蹴にし、剣を抜き、兵の一人を切り殺したのが見えた。
「何と、惨いことを。許せぬ!」
カケルは、頭目を狙い再び弓を構えた。当の頭目は、それでも、兵達が怖気づき、なかなか弓を構えないのを見て、兵から弓を取り上げ、カケルのほうを向いて弓を構えた。
すでにカケルは狙いをつけて構えていた。
ビュンと矢を放つ音が同時に響いた。頭目の放った矢は、カケルの小船の脇を掠めて、水面に落ちた。カケルの放った矢は、高い音を響かせて飛び、頭目の首を跳ねてから、後ろに立つ楠木を貫いたのだった。胴体だけになった頭目は、兵達の前にどさっと崩れ落ちた。
「うわあ!」
頭目の周りに居た兵達は、あまりの出来事に皆腰を抜かした。そして、這いずるようにしながら、ちりぢりに逃げようとしている。
「一体何事だ!」
辺り一面の空気を止めるほどの強い声が響いた。
派手な甲冑に身を包み、大きな剣を腰に付けた男が、数人の屈強な男を従えて姿を現した。
その男は、円一族の兵を束ねる、カヤツヒコといった。平群一族との戦では、手下とともに平群の里へ入ると一気に勝利したつわものであった。カヤツヒコは、目の前に横たわる亡骸、そして、楠木に突き刺さった矢からぶら下がった頭目の首を見ながら、兵達を睨む。兵達は、皆縮み上がって動けない。一人の兵がぶるぶると震えながら、ゆっくりとカケルを指差した。
「あいつがやったのか?」周囲で蹲っている兵達も皆震えながら頷いた。
「何者だ?」
「葛城の館に・・居りました・・。」
一人の兵が、恐る恐る言った。
「何?葛城王の手の者か?」
その男は、ぐっとカケルと睨みつけた。
「このままにはしておけぬな。・・・おいっ!」
その声で、カヤツヒコの傍に居た屈強な男、三人が、大弓を取り出して構えた。通常の弓の倍以上ある大弓には、先端に鋼の鏃をつけた矢を構え、一気に放たれた。ブーンという鈍い音が響く。一本は、カケルが剣で弾いた。もう一本は、カケルの足を貫いた。そして、最後の一本が小船を貫き、カケルは足に矢を受けたまま、沼に投げ出された。
「これで良かろう。・・さあ、みなの者、葛城王を探し出すのだ!辺りをしらみつぶしに探せ!」
カヤツヒコはそう言い放つと、友の男たちと供に再び葛城の里へ向かって行った。

2-5楠木.jpg
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