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2-6 隠れ里 [アスカケ第5部大和へ]

6. 隠れ里
葛城の館から脱出した、モリヒコ、ハルヒ、アスカの三人は、山裾を隠れながら、昨夜過ごした小屋を目指した。
「あれだ。」
小屋を見つけた三人は、沢を渡りかけたとき、声が聞こえ、すぐに身を隠した。
「やはり、誰か居た様だな。」「葛城王に違いない。」「この辺りにはもう居らぬか。」
口々に言いながら、剣を構えた兵が小屋から出てくるのが見えた。
「ダメだ、ここにも兵達が居る。」
モリヒコが小声で言った。
「こっちじゃ!」
背後から低い声が聞こえた。振り返ると、鹿皮を纏ったシシトが居た。三人はシシトに従い、沢を伝い、山中に入って行った。しばらく行くと、シシトは周囲を見回りながら、そっと目の前の草に手をかけた。そこには、草で覆い隠された洞窟があった。
「さあ、入られよ!」
中は真っ暗だった。
「そのまま、真っ直ぐ進むのじゃ。大丈夫じゃ、まっすぐ行くのじゃ。」
そう言われ、目の前を手探りで進んだ。しばらく進むと、先のほうにほのかに明かりが見えた。
天井が開き、日の光が射している。そこには、縄梯子が下がっていた。
「そこを登りなさい」
シシトに言われるまま、三人はよじ登った。穴から上に出ると、そこには小さな広場と小屋数軒が立ち並んでいた。
「われら當麻の隠れ里じゃ。窮屈じゃが、ここなら兵達はやって来ぬ。」
シシトは、そう言うと、三人を小屋の一つへ案内した。
「ハルヒ!無事だったか!」
そう言って迎えたのは、イコマのミコトであった。
「イコマのミコト様!」
「苦労をかけたな。無事、難波津へは行けたのだな。」
「はい。・・難波津の摂津比古様に次第をお話しました。それで、王君をお迎えするため、戻って参りました。」
「援軍は来るのか?」
「いえ・・戦を大きくせぬよう、カケル様とアスカ様、そして、モリヒコ様が王君を難波津までご案内するように参られました。」
ハルヒの話を聞き、イコマのミコトは落胆を隠しきれなかった。
「たったそれだけでは・・・・王君は病が治らず、山を越えるなどできぬぞ。・・・」
イコマのミコトは、そう言うと、小屋の隅を見た。そこには、王君が床に就いていた。
「一層、御悪くなられたのでしょうか・・」
ハルヒは心配そうに聞いた。
「ここまで逃げ延びる事はできたが・・随分お疲れの様子でな・・もはや歩けぬほどに衰弱なさっておられる。声をおかけしても、御返事もされぬ・・・。」
イコマのミコトは、そこまで言うと、大粒の涙を零した。
小屋の隅で控えていたシシトが口を開いた。
「一人、居らぬようだが?・・おお・・カケル殿は如何された?」
モリヒコが、葛城の館で兵に見つかり、三人が逃れられるようにとカケルが囮になった事を説明した。
「なんと、あれだけの兵を相手に?・・無茶な事を・・・円の兵の中には、怖ろしき力を持った男が居るのだ。カヤツヒコというツワモノは、身の丈ほどの剣を使い、大弓を弾く。供の三人の男も同様。たった四人で平群一族を滅ぼしたのだ。奴らと戦うなどとは、無事では済むまい。」
それを聞いて、アスカは、うっと声を漏らした。
洞窟に入ってから、何か、妙に胸騒ぎがしていた。以前に、九重でハツリヒコの館で同じようにカケルの行方がわからなくなった時と同じ、胸騒ぎがしていたのだった。しかし、今、ここではどうしようもなかった。
「どうなさいましたか?」
ハルヒがアスカの様子に気付き、尋ねた。アスカは無用な心配をかけまいと、必死に隠した。そして、言った。
「葛城の王君のご様子を診させて頂けませんか?」
「ええ・・そうしてください。・・アスカ様は難波津で様々な病を治療されておいでなのです。宜しいですね、イコマのミコト様?」
「ああ。構わぬが・・・。」
アスカは、横たわる葛城王の傍に跪いた。目の前に横たわる葛城の王君は、静かに目を閉じている。眠っているのではなく、体力がなく意識が朦朧としているようだった。
アスカはじっと顔を見つめた。白髪と細長の顔立ち、伸びた顎鬚も白くなっていた。
この人が本当に父様なのだろうか?須佐名姫の名を出せば、すぐに娘だと言ってくれるのだろうか、父と教えられた人の前に居ながら、どこか実感がない、不思議な感覚だった。
アスカは、そっと葛城王の手を取った。すると、全身に痺れるような感覚が走る。そして、脳裏に、見たこともない風景が浮かんできた。広い池を前に、美しい宮殿の通路で、若い女性が目の前に立っている。柔らかな微笑みを浮かべじっと見つめる様子から、アスカには、これは亡き母の若き頃に違いないと思った。おそらく将来を誓い合った場面なのだろう。きっと葛城王の記憶の中に、今でも須佐那姫の記憶が鮮明に残っているに違いなかった。

2-6洞窟.jpg
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