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1-7 名も知らぬ女 [スパイラル第1部記憶]

1-7 名も知らぬ女性
「吉崎さん、ちょっと良いですか?」
純一はそう言うと、吉崎を病室から連れ出した。

「身元引受人の件ですが・・・あれじゃあ、とても無理です。何の感情も無いような・・まるでロボットか人形のような・・・普通の暮らしが出来るとは思えない。彼女自身が納得するも何も・・とても私には無理です。」
純一は、廊下に出て、吉崎に思いの丈をぶつけた。
「・・大丈夫です。彼女は、まだ戸惑っているだけです。もう少し、お話すればきっと納得してくれるはずですから・・・。」
吉崎はまた妙に確信を持った返答をした。
どうやら、確信があるのではなく、単に大雑把なだけではないかと思うほどだった。
「さあもう一度・・。」
吉崎は、ドアを開けて純一を病室に戻した。そして、
「私が居ると話しづらいかもしれませんね。私は仕事がありますから席をはずします。しばらく、ゆっくり話してみてください。」
そう言うと、さっさと病室から出て行ってしまった。

純一は彼女と二人、病室に居た。彼女は再び窓の外を見ていた。純一は開き直った。
一つ大きなため息を着いてから切り出す。
「あなたは記憶を無くしたそうですね。どんな気分ですか?」
純一は少し口調が強かったかなと感じて、彼女を見た。
すると、彼女は窓を見つめたままの格好で、はらはらと涙を零していた。触れてはいけない事を訊いてしまったことが彼女を傷つけてしまった、純一は彼女の涙で大いに反省した。
「済みません・・・ちょっと戸惑っていまして、何を話したものかと・・済みません。」
純一が慌てて謝罪したところで、彼女が口を開いた。
「いえ・・良いんです・・・本当の事ですから・・・私自身戸惑っているんです。・・先生にも教えていただきましたし・・それに、私の場合、とても辛い目に遭ったことが原因だろうとお聞きしました。・・きっと私は酷い人間に違いないんです。・・・。」
「そんな・・いや、きっと酷い目にあったかもしれないけど、あなた自身が酷い人ではないはずです。」
「どうして?」
「いや・・酷い事が出来るような人には見えませんし・・きっと何か事故にあったとか・・誘拐されたとか・・・きっと何かの被害者に違いありません。」
「そうでしょうか?」
「きっとそうです。だから、そういう悲しい記憶は捨てちゃったんでしょう。・・いいじゃないですか、生まれ変わって生き直せば良い。厭なことは忘れたいのは誰も同じでしょう。それがちょっと多いだけでしょう。大丈夫ですよ、そんなに若くて美しいんだ、まだやり直すチャンスがたくさんあるはずです。」
純一は、とにかく彼女を慰めようと必死になってしまって、自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。
彼女の表情は少し柔らかくなったようだったが、再び曇ってしまった。
「これから先・・どうなるんでしょう?」
彼女はポツリと呟いた。確かに、全ての記憶を失い、自分が何者かもわからず、どういう人生を歩めばよいのか、真っ暗な海の中を漂う小船のようなものだった。
「大丈夫です。私が身元引受人になりますから。」
純一は思わず口にしてしまった。彼女はその言葉の意味が少し理解できない様子だった。純一はその表情を察して続けた。
「・・吉崎さん・・ああ、さっきのケースワーカーが話していませんか?あなたはもうしばらくで退院できるようです。でも、身元がわからないと施設に一時保護されたあと、生活保護を受けることになるそうなんです。・・でも、あなたのような若い女性には耐えられない厳しい暮らしになるだろうからと、私に身元引受人になってくれないかと頼まれたんです。」
少し事態が理解できたのか、彼女は戸惑いの表情を見せている。
「・・いや・・私は断ったんですよ。だってそうでしょう、あなたのような若い女性が、こんなオジサンと暮すことになるんですから。全く見ず知らずの男と暮らすなんてね。だから、条件を出したんです。あなたが承知するのならと・・・。」
彼女は少し考えているようだった。そして、「ご迷惑ですよね?」と言った。
彼女の言葉の真意がつかめないまま純一は答えた。
「いや・・迷惑だなんて・・淋しい一人暮らしですから・・幸い、部屋はありますし、迷惑という事はありませんよ。ただ、女性の扱いに離れていないので・・失礼な事もするのじゃないか・・いや、変な事はしませんよ。・・それだけは守ります。・・そういう下心なんてありませんから・・でも、あなたのほうが警戒されるでしょうし・・・もっと若くて・・そう・・イケメンなら良いんでしょうけど・・まあ、あなた次第ですから・・・。」
自分でも何を言っているのかわからなくなっている。承知しているのかしていないのか、ただ、このまま放っておくことは出来ないという気持ちだけだった。

「お願いします。・・・しばらくの間で良いですから・・よろしくお願いします。」
彼女ははっきりと言った。
「えっ?・・良いんですか?」
「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。きっと御恩はお返しいたします。」
彼女は純一の目を見てしっかりと答えたのだった。

タイミングよく、ケースワーカーの吉崎が姿を見せた。いや、吉崎はずっと前から廊下で二人の会話の一部始終を聞いていたのだった。
「話はまとまった様ですね。・・良かったわ。・・小林さんは、私の思っていた通りのお方でしたね。」
こうなる事を見抜いていたとは思えないのだが、どうやら吉崎の術中に嵌ってしまったようだった。
「じゃあ、私は身元引き受けの書類を揃えてきますから・・しばらく待っていて下さい。」
再び、吉崎は部屋を出て行った。

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ヤッペママ

訪問&ナイスありがとうございます。
by ヤッペママ (2012-12-11 08:58) 

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