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1-11 ショッピング [スパイラル第1部記憶]

1-11 ショッピング
ミホは、与えられた部屋に、病院から持ってきた紙袋を持って入っていった。少しすると、部屋の引き戸が開いた。ミホは、退院の時に来ていたワンピースを脱いで、白いTシャツとジーンズに着替えてきたのだった。長い髪も一つに束ねている。ミホは、唯が退院の支度をしてくれることになって、幾つか着替えをそろえてもらった際、ジーンズとTシャツも希望していたようだった。
なんだか急に元気な女の子が現れたようだった。純一は思わず見とれてしまっていた。
「変でしょうか?」
ミホは純一がぼーっと見ているのが気になって訊ねた。
「あっ?いや・・さっきとは別人みたいで、ちょっと驚きました。」
「やっぱり変ですか?」
「いや、随分似合ってます。なんだか、一緒に歩くと、妹というより、親子のように見えるでしょうね。」
ミホは、純一の言葉の意味が余りわからないような表情をしている。そして、
「私は一体、幾つなんでしょう。」
名前だけでなく年齢さえもわからないのだった。
純一も答えを持ち合わせていなかった。海岸で見つけた時の水着姿を思い浮かべると、十代のような幼さは感じられなかったが、今目の前のミホは十代でも充分通るほどの若さを感じさせる。
「まあ、いいじゃないですか。・・そうだ・・唯が確か25のはずだから、同い年にしておきましょう。僕より10歳下の妹ということでいいじゃないですか。」
ミホはこくりと頷いた。
「さあ行きましょう。ショッピングモールは車で20分ほどのところにあります。何でも必要な物を買いましょう。」
純一がそう言って玄関で靴を履き始めたとき、ミホが言った。
「お買い物の前に連れて行って欲しいところがあるんです。」

二人は、海岸にいた。
ミホは自分が発見された海岸に連れて行って欲しいと言ったのだった。
「このあたりに横たわっていたんですよ。」
波打ち際で純一が指さした。ミホは周囲を見回しながら、記憶を辿ろうとでもしているようだった。遥か沖合いにヨットが浮かんでいる。
「何か思い出しそうですか?」
「いえ・・。」
ミホは無表情に答える。
「ああ、そうだ。あなたが倒れていたところで拾ったんですが・・。」
純一はポケットに手を突っ込んで、まさぐるようにした。そして、ミホの前に小さなペンダントを差し出した。ミホは、純一からペンダントを受け取ると、じっと見つめて、再び記憶の糸を探ろうとしている様子だった。
「判りません・・でも、綺麗。」
「きっと何かヒントにでもなるかもしれません。持っていて下さい。」
「つけてもらっていいですか?」
純一はペンダントをミホの首につけた。後ろに回って首筋にペンダントを這わすとなんだか妖艶な色香を感じた。
「もう、行きましょう。」
ミホはもう記憶を辿る事ができないと感じて、やりきれない思いで言うと車に戻って行った。

ショッピングモールに着くまで、ミホの表情は固く、口を開かなかった。純一もミホの様子を察して、あえて声を掛けようとしなかった。
純一は、立体駐車場の屋上に車を止めた。屋上からは、純一の住む町並みが見渡せた。北側には低い山並が続いている。南側には海が広がっているのが僅かに見えた。真夏の暑さ,照りつける太陽の下であったが、時折吹き抜ける風が気持ちよかった。

二人はエレベータで3階まで降りた。
大型ショッピングセンターの3階は、生活雑貨の売場があった。大型のカートを持ってくると、純一は、鍋やフライパンや調味料入れ等思いつくものをカートに投げ入れる。しかし、ミホは珍しそうに、一つ一つ品定めをし、値段も見ながら純一が選んだものより安いものに取り替える。食器も買った。可愛いデザインのものをわざわざ純一が選ぶと、ミホはシンプルなものに取り替える。どうやら、ミホはシンプルで頑丈で安いものが好みのようだった。
そのやり取りの中で、ミホは、徐々に表情を取り戻り、ふくれっ面になったり、小さな声を出して笑ったりした。おそらく傍目では、新婚夫婦か、恋人同士にも見えたかもしれない。大きな袋を幾つも抱えて、屋上に戻り車の後部座席にどうにか押し込んだ。
それから、ファストフードの店で、ハンバーガーのセットを食べて遅い昼食を済ませた。
「疲れただろ?」
「いいえ・・大丈夫。」
「そうかい、じゃあ、次は2階だ。洋服を買っておこう。あれだけじゃ足りないだろ、ミホ?」
「ううん・・チェストの中に、随分在ったからもう要らない。純一さん、それより欲しいものがあるんだけど・・。」
買い物をしている間に、二人は、すっかり打ち解けて、兄妹のように、遠慮なく話せるようになっていた。純一も、「ミホ」と呼び捨てにしていたし、ミホは「純一さん」と呼ぶようになっていた。
ミホは、エレベーターに乗ると1階を押した。ドアが開くと、二、三度あたりを見回し、すぐに目当ての場所を見つけたようで、人ごみの中をすり抜けるように歩いていく。純一はミホを見失わないように後ろを歩いた。たどり着いたのは、化粧品売場だった。
「そうか・・化粧品か・・。」
純一がぼそっと呟くと、ミホがチラッと振り返り、「出来るだけ安いのを選ぶから」と笑顔を返した。
「良いよ。気に入ったのを買おう。」
ミホは、ショーケースに綺麗に並んだ化粧品を一つ一つ丁寧に見て歩いた。その様子は、想像できないほど辛い体験をして、記憶を失ったとは思えないほど、普通の若い娘だった。
化粧品の売場は、大手メーカーがそれぞれ化粧美人の女性販売員を配置している。ミホが近づくと次々にお勧めをしてくるようで、ミホも受け答えしながら、次々に見て回った。楽しそうだった。
何軒かを回ったところで、不意にミホの足が止まった。


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