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1-24 雨の一夜 [スパイラル第1部記憶]

1-24 雨の一夜
別荘に戻ると、ミホは夕食作りを始めた。昨日の残り物を集めて、献立を考えているようだった。
「ちょっと、屋根の傷みが心配だから見てくる。」
純一はそう言うと、雨漏りが無いか調べる為に、懐中電灯を片手に屋根裏部屋へ入った。
しばらく使っていなかったにしては綺麗に片付いている。
純一は丹念に屋根の様子を見て回った。雨漏りは無いようだった。
部屋の隅には小さな書棚があって、絵本が何冊も入っていた。
「社長の娘さんのものかな?」
一つ取り出すと、それは、綺麗な絵と横文字が並んだ洋書のようだった。
「へえ・・こんな絵本があるんだ。」
純一は物珍しさに、数冊抱えるとリビングルームに戻った。
「雨漏りは無かったよ。・・・そうだ、これ。面白いものを見つけたよ。」
純一は、夕食作りを終えて、テーブルに料理を並べていたミホに差し出した。
「へえ・・絵本?」
ミホはそう言うと、中を開いた。そして、くすっと笑った。
「他にもあるの?」
ミホは一通り読み終えたのか、純一に尋ねる。
「ああ・・まだあったと思うけど・・。・・・意味がわかるのか?」
「ええ・・・これはフランスの絵本みたい。それに、こっちのは、オランダの絵本・・・。」
そう言ってから、ミホは自分に驚いた。
「あら?どうしてわかるのかしら・・。」
不思議な感覚だった。しかし、それ以上に驚いていたのは、純一だった。

夕食を終えて、寛いでいる時、ミホがぽつりと呟いた。
「今日は星空は見えないわね。」
「ああ・・・。」
純一は、薪ストーブの脇に置かれた、ロッキングチェアに身を任せた格好で、ウイスキーのグラスを傾けていた。
「ミホは、凄いなあ・・・乗馬も出来るし、フランス語もわかる。・・・料理の腕前も相当なものだし・・・コンピューターのプログラムだって出来る・・・。」
「どうしたの?純一さん。」
純一は、少し酔っていた。
「・・・・容姿端麗、才色兼備、非の打ち所の無い完璧すぎる女性だな・・。僕の傍に居るような女性じゃないんだよな・・・。」
「何が言いたいの?」
「ミホは、きっと、想像も付かないようなセレブな暮らしをしていたんだろうって考えてたんだよ。」
「そんな・・・・・変よ、純一さん。」
ミホは少し怒っている。
もう純一は相当酒が回ったようだった。
「早く記憶を取り戻して、元の暮らしに戻ったほうが良い。・・・それが一番さ。」
「どうして、そんな事言うの?私は、ずっと純一さんと一緒に居たいって思ってるのに・・・・。」
その言葉に、純一は反論するように言った。
「それは・・無理に決まってるだろ!ミホには、きっと待ってる人が居る。記憶が戻れば、そこへ戻るんだ。それが一番なんだよ。」
「もう記憶なんか戻らなくていいんです。このままで・・・。」
「このままって訳にはいかないさ。」
「どうして?」
「どうしてもさ・・・君は僕と一緒にいるような人じゃない。もっと違う生き方があるはずなんだ。早く記憶を戻して、元いた場所に戻るべきなんだ。」
「嫌よ・・離れたくない・・・。」
「記憶が戻って、仮に待っていた人が居たらどうするんだ?・・・もしかしたら、子どももいるのかもしれない。幼い子が母を待っている事かもしれないじゃないか。・・・」
「待ってる人なんて・・。」
「記憶が戻ればすぐに僕の事など忘れるさ。」
「そんなこと・・・。」
「いや、それで良いんだよ。そうしなくちゃいけないんだ。」

純一はそういうと、ロッキングチェアから立ち上がり、グラスを持ってキッチンへ向かった
。純一は冷たい水を飲み干した。少し正気を取り戻した純一は、酔った勢いとはいえ、今まで胸の中に仕舞っておいた思いをつい口にしてしまったことを後悔した。

しばらく時間を置いて、リビングルームに戻ってみると、ミホの姿が無かった。純一は、寝室や屋根裏部屋を探してみたが、ミホは居なかった。外は夕刻からの小雨がまだ降っていた。
純一は、玄関のドアを開け外の様子を見た。静かな別荘地、ところどころにぼんやりと街灯が見えるが、小雨のせいで遠くの様子までは判らなかった。冷え込んできた。純一は懐中電灯を持って、外へ出た。
「ミホ・・・ミホ・・・どこだ?寒くなってきたから部屋へ戻ろう。」
返答は無かった。
玄関前からそっと通りまでの通路を、懐中電灯で照らしてみたが、人影は無い。
「きゃあー!」
別荘地の真ん中を抜ける通りのほうで叫び声が聞こえた。
ミホの声に間違いない。純一は傘を放り投げて走った。
通りを1台の車のテールランプが遠ざかっていくのが見えた。

「ミホ!ミホ!何処だ!」
あたりを懐中電灯で照らしながら必死で探した。通りの側溝に、白いサンダルが転がっていた。ミホのものだった。
「ミホ!ミホ!何処だ!」
純一は必死に探し続けた。

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yakko

こんにちは。
ミホさんのことが心配です(-.-;)y-゜゜
by yakko (2013-01-07 14:13) 

苦楽賢人

yakkoさん

丁寧にお読みいただいてありがとうございます。

二人はこの先、どうなるのか・・・幸せの結末が待っていると良いんですが・・・。

引き続き、よろしくお願いいたします。
by 苦楽賢人 (2013-01-09 08:57) 

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