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1-26 幸せな日々 [スパイラル第1部記憶]

1-26 幸せな日々
翌朝、窓から差し込む朝日で目が覚めた。
純一は、腕枕しているミホの寝顔をじっと見つめた。
一線を越えてしまった事を後悔していない。
もし仮に、彼女の記憶が戻って、過去の暮らしへ戻る日が来たとしても、それが運命ならば諦めようと決意した。せめて、こうして供に過ごせる日は精一杯ミホを愛そう。そう心に誓っていた。

「おはよう・・・さあ休みも終わりだよ。」
ミホは目を覚まし、ちょっと恥ずかしそうな顔を見せた。そして、純一の胸に顔を埋めた。

別荘からの帰り道、ミホはずっと純一の肩に頭をもたげ、左腕に掴まったままの格好で助手席に座っていた。車窓から見える風景が昨日までとは違って見える。ミホは、胸の中に「希望」という光が射しているように感じていた。

別荘から戻ると、ミホは美容室に行きたいといった。
「過去の自分と決別する為に、髪を切ってくる。」
ミホはそういうと、アパートの近くにある美容室へ行った。

純一は丸千水産の社長に挨拶にいった。
「ありがとうございました。」
「いや、こっちこそ、ありがとな。・・これで別荘が傷まずに済む。おや?ミホさんは?」
「ええ・・髪を切るんだって言って、途中で降ろしてきました。」
「ほう、そうかい。髪をねえ・・・・・・・」
社長は、純一に意味深な笑顔を見せると、車の鍵を受け取った。
「おい、純一、ミホさんをずっと大事にするんだぞ。」
真面目な顔で丸千水産の社長が言う。純一も真顔で答えた。
「ええ・・そのつもりです。」
「じゃあ、たまには旅行にでも連れて行ってやるんだ。ああ、そうだ、あの別荘、自由に使っていいから。必要なら、この車も貸してやるよ。」
「ありがとうございます。」
丸千水産の社長は、そう言うと、大きな声で笑った。
そして、ちょうど、そこへ事務員が呼びに来て、事務所の中へ入っていった。

純一はその足で、鮫島運送に行き、無事に戻ったことを報告した。
「どうだった?」
社長が意味深に訊いた。
「ええ・・別荘はそれほど傷んでいませんでした。」
純一の答えに、社長は少しがっかりしたような顔をした。
「ミホちゃんはどうしたの?」
奥さんもそれとなく訊いた。
「・・髪を切るとか言って・・途中で、美容室に行きました。」
「あら、そう。・・・そうなんだ・・・。髪をねえ・・・そう。」
奥さんは何だかにっこり笑って答えた。
「明日からしっかり働きますから・・。」
「ああ、頑張ってくれ。」
純一はアパートに戻ったが、ミホはまだ戻っていないようだった。

「ただいま。」
日暮れ近くになってミホが戻ってきた。
「どう?似合う?」
ミホは、ソファで寛いでいた純一の前に立って、くるりと一周した。
ミホは、艶やかな長い黒髪をばっさりと切っていた。ボブカットと言うのだろうか、肩口辺りで切りそろえられている。
「ああ・・似合ってるよ。」
純一はそう答えたが、実は、ミホの長い黒髪が好きだった。ばっさりと切った髪型も似合っているが少し残念に感じていた。
ミホは純一の言葉から、少し残念な感情を感じた。
「やっぱり、変かしら?」
「いや・・・似合ってる・・よ。」
「やっぱり、長い髪が好きだった?本当の事言って!」
美穂は少し口を尖らせて訊いた。
「いや・・似合ってるって・・・。」

翌日、鮫島運送に出勤すると、社長も奥さんも、ミホの変身ぶりに一様に驚いた。
「良いわね、ミホちゃん。・・・凄く元気な感じ。生まれ変わったって感じよ。」
奥さんが言うと、ミホは少し寂しげに答えた。
「でも、純一さんは長い髪が好きみたいなんです。」
それを聞いて、社長が言った。
「俺も長い髪は好きだな。・・何だか、艶っぽいじゃないか。・・短いのはちょっと色気がな・・。」
「何言ってるのよ。ほんとに男は馬鹿なんだから。純一さんも同じなんて、ちょっと残念ね。」
ミホと奥さんはそう言うと純一を見た。
「そんなんじゃありません。・・初めて会った時が長い髪だったから・・それだけです。」
純一の答えに、奥さんが意地悪に訊いた。
「じゃあ、短い髪のミホちゃんも好きなのね。」
「好きだとか・・そういうのは・・。」
そう訊かれて、純一は真っ赤になった。
「良かったわね、ミホちゃん。好きだって。」
奥さんはミホの顔を見た。
ミホは幸せそうな笑顔を見せた。
「配送に行ってきます!」
純一はその場から逃げるように言うと、トラックへ向かった。

それから暫くは幸せな日々が続いた。二人の睦まじさは、卸団地じゅうに知れ渡った。

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